
「将来の備え」として不可欠な生命保険ですが、一歩間違えれば家計を圧迫する最大の固定費になりかねません。特に20代・30代の独身層は、ライフステージに見合わない過剰な保障や、勢いに押された契約で後悔するケースも……。実例をみていきましょう。
昼休みになると現れる「女性」
新卒で大手メーカーに就職したマツダさん(仮名/27歳)。月収は残業代などを含めておよそ42万円と、同世代と比較すれば恵まれた収入を得ていました。住まいは職場まですぐそこの築浅マンションで、生活に不自由はありません。
そんなマツダさんにとって、最近少し困ったことがありました。昼休み、オフィスのエレベーターホールに立つと、決まって一人の女性に話しかけられるのです。
「お仕事お疲れさまです! 今日はなにを召し上がるんですか?」突然話しかけられ、わけもわからず「唐揚げです」と返答し、エレベーターに乗り込んだマツダさん。あまり気に留めず、昼食を終えオフィスに戻ると、彼女はまだ同じ場所に立っていました。
「あ! お疲れ様です。唐揚げ、おいしかったですか?(笑)もしよろしければいまお時間少しよろしいですか?」
「あー、いや……昼休み終わるんで。すいません」
こうしてスルーしたのですが、その女性は次の日も、また次の日も現れます。どうやら、20代前半の生命保険外交員のようです。
「よかったらアンケートにお答えいただけませんか? 皆さんに保険の加入状況についてお伺いしているんですが」「3問だけ! 1分で終わります」「お名前とご連絡先だけでも」無視しても、断っても、毎日現れる女性。ついには、同僚に呼ばれているのを聞いたのか「あ、マツダさん! 今日こそはご連絡先を教えてください」と名前を呼ばれる始末。圧に負けたマツダさんは、「……5分だけなら」といって、アンケートに回答しました。
「なるほど~、独身でいらっしゃるんですね! ついでにこちらもご回答ください」
いわれるがまま、年収や家族構成、学歴、家賃、貯蓄額など赤裸々に回答したマツダさん。その日の退勤後、オフィスのエレベーターを降りたタイミングで電話がかかってきました。
「本日はありがとうございました! アンケートにお答えいただいたお礼がしたいので、今週のお昼休みかお仕事終わりにお時間をいただける日を教えてください」
(アンケート程度でお礼?)と思いつつも、職場でこれ以上粘られるのは避けたい。マツダさんは「少し話を聞くくらいなら」と、翌日の仕事終わりに会社近くの喫茶店へ向かいました。
ライフプランニングと「おばあちゃんの話」
待ち合わせた喫茶店に現れた女性は、「X生命のライフプランナー」と書かれた名刺とともに、手紙のようなメモとチョコレートが入った小さな袋をくれました。コーヒーが提供されるまでのあいだ、雑談をしていたのですが、「今日は、マツダさんのライフプランを作成してきました!」と突然提示されたのは、昨日の回答をもとにした「生涯のキャッシュフロー表」でした。
人生にはライフプランに応じてさまざまなリスクがあり、それをカバーする保険の重要性や社会保障の仕組みなどをたたみかけるように説明。その後、彼女は月々の負担額が異なる「松竹梅プラン」を提示しました。
「マツダさん、将来の安心のために、どれが一番しっくりきますか?」いきなりのクロージングに、マツダさんは「いや、俺保険入る気ないんで……」と断ります。すると、女性の表情が深刻に……。
「実は……私の祖母ががんで亡くなったんです。祖母の場合は保険があったから祖父もお金の面では心配がなく済んだけれど、保険がなければ治療費が払えず、本当に大変な思いをしていたと思うんです。マツダさん、ご結婚願望があるとおっしゃいましたよね。いま加入せずに、このまま将来結婚して、もしがんになってしまったら、私はきっと後悔する」
「ああ、まあそうかもしれないですけど……じゃあ、結婚してから考えます」
「いえ! 結婚してからじゃ遅いんです。30代になると、健康状態が悪化する人が増えます。いまは健康診断がオールAでも、指摘が入ってからでは、条件がついたり、最悪加入できなかったりということもよくあるんです。将来、マツダさんは健康状態に不安があるなか、保険に一切入れず結婚することになってもいいんですか?」
30分くらいのつもりが、気づけば2時間を超える押し問答。その場はなんとか切り抜けましたが、マツダさんの「断りきれない性格」は見透かされていたのかもしれません。
上司同席で2度目のクロージング
「マツダさんのことを考えて、保障内容をより最適なものにしてきました!」
「本当に結構です」と断っても、来る日も来る日も提案され……。
「もう一度だけお時間ください」という押しに負け、再度カフェへ。すると、そこには40代後半とおぼしきベテランの上司が同席していました。
「マツダさんのように若くて収入も安定している方にこそ、資産を守る考え方を知っていただきたいんです」上司の話は穏やかで、論理的でした。「いまの健康な体こそが最大のリスクヘッジであること」「インフレ下での保障の重要性」などといった解説が続きます。
「いま払う月3万円は、将来の数千万円の安心を買うためのコストです」その理路整然とした話を聞いているうちに、マツダさんは「なるほど、いまのうちに入っておくものなのかもしれない」と、一種の納得感を持って契約書にペンを走らせました。契約したのは、月々3万円の掛け捨て型保険。その場では、「これで将来の備えができた」という晴れ晴れとした気持ちすらありました。
ところが帰宅して一人になり、改めて契約書を眺めていると、じわじわと違和感が込み上げてきました。
親に話すと「いいんじゃない? いずれ保険は入らなくちゃならないものだし」と意外にも好意的な反応でしたが、同僚には「お前独身だろ? 月3万円の掛け捨てはムダすぎる(笑)」と笑われる始末です。
(あのときは納得したのに。でも、本当に毎月3万円も掛ける必要があるのか?)
一度は納得して結んだ契約。しかし、冷静になるほど「あの場の空気に飲まれていたのではないか」という葛藤が強まります。解約すればいいとは思いつつも、毎日エレベーターホールにいる女性や、強そうな上司にどう切り出せばいいのか。マツダさんは、重い足取りで出社する日々を過ごしています。
