
年金生活を送るシニア世代が、意図せず「孫差別」をしてしまう――。そこにあるのは個人の性格の問題ではなく、現代の親子関係が抱える「経済格差」と「依存の構造」です。年金月25万円で暮らす、あるシニア夫婦の事例から、この問題を見ていきましょう。
「孫はみんな平等に可愛い」 それは間違いなかったが…
都内近郊で暮らすAさん(70歳)夫婦は65歳でリタイアした当時、月25万円の年金と貯蓄約2,200万円で穏やかな老後を計画していました。
夫婦には娘が二人。当時、長女には5歳と3歳の男の子、次女には5歳と2歳の女の子。計4人の孫に恵まれ、これ以上ない幸せのはずでした。しかし、二人の娘が置かれた「経済環境の差」からAさんの悩みは始まりました。
長女の夫は大手企業勤務。長女自身も正社員で余裕がある一方、次女の夫は零細企業勤めで次女自身はパート。Aさん夫婦の年金暮らしが始まったちょうどその頃から、次女側の家計は厳しさを増していたといいます。
「お母さん、夫のお給料が減って今月も厳しくて。子どもに新しい靴を買ってあげられないの……」
次女からのそんな電話を受けるたび、Aさんは「孫がかわいそう」と、次女にだけ買い物代を肩代わりしたり、習い事の月謝を援助したりするようになりました。孫自身にも会うたびにおもちゃを買い与え、お小遣いを握らせます。
一方で、長女側の孫には、誕生日やクリスマス以外は特別なことはしませんでした。「あちらは自分たちで買えるから大丈夫」――。
「足りない方を助けるのは親として当然」 そう信じていたAさんでしたが、ある日、長女から冷ややかな声でこう言われました。
「お母さん、うちの子には何もしてくれないのに、あっちにはずいぶん援助してるみたいね。それって孫差別じゃない?」
娘も孫も、可愛さに差はありません。ですが、経済的に厳しい方の援助を優先したことで、結果として「自立している側ほど損をする」という事態を生んでいたのです。
年金月25万円、止まらない「孫破綻」へのカウントダウン
Aさん夫婦の月25万円という年金は、自分たち二人が暮らすには十分な金額です。しかし、そこから次女一家への補填が毎月流れるようになり、貯金を切り崩すスピードが加速しました。
恐ろしいのは、これが常態化して、次女が「実家に頼めば何とかなる」と考えるようになっていたこと。一方で、長女からの「差別」「不平等」という言葉に申し訳ない気持ちに。帳尻を合わせるため、長女の孫にも高額なプレゼントを贈らざるを得なくなったのです。
二つの家族の顔色をうかがい、平等を演出しようとした結果、Aさん夫婦の老後資金は、年金暮らしが始まってからわずか5年で600万円も削り取られていったのです。おおよそ以下のような内訳でした(概算)。
・次女一家への慢性的な生活補填:月5万円、5年で300万円
・孫差別を埋めるための長女への帳尻合わせ:5年間で200万円
・孫たちの教育費やお祝い金、入学準備などの補填:5年で100万円
このほかに自分たちの生活費の補填で、さらに貯金は減っています。「このままでは老後資金が底をつく」……そんな恐怖に襲われました。
