
国公立大学医学部の入試において、募集定員の規模は偏差値の信頼性を左右する重要な要素です。少人数の枠で高偏差値を維持するのではなく、一定以上の定員を確保したうえで、いかに優秀な層を集めるか。この戦略的な枠組みの再構築は、単なる難易度の向上にとどまらず、大学の格を全国区へと押し上げるトリガーとなります。本記事では、奈良県立医科大学理事長・学長の細井裕司氏の著書『挑戦する人か、文句を言う人か』(日経BP)より、同大学の大胆な入試改革戦略をみていきましょう。
全国トップクラスへの躍進
奈良医大では2013年度入試から、従来の枠組みを大きく転換し、後期日程に募集定員の多くを振り分ける戦略を開始した。直近の2024年度入試の本学医学部医学科の募集定員は、推薦入試37人(地域枠22人・緊急医師確保枠15人)、一般入試前期日程22人、一般入試後期日程53人で、後期日程に重点的に募集定員を配分している。
全国の医学部において後期日程の募集定員はごく少数で、多くの大学が前期日程一本で実施していた。その中で奈良医大があえて後期日程を主軸に据えたことは、当時としては大胆な挑戦だったと思う。
入試改革後、奈良医大の後期日程入試には、全国から優秀な受験生が集まるようになった。これは、大手進学塾などが発表する入試偏差値という形で成果が出ている。図表1のグラフは、河合塾が毎年発表している入試難易度予想ランキングから作成した。後期重視戦略により、偏差値が70台となっていることが分かる。
[図表1]2011年度~26年度の奈良医大の偏差値 出所:Kei-Net(河合塾)2011~26年度入試難易度予想ランキング表から作成
偏差値は、全国の進学希望者や高校の進路指導担当者が重視する基準の一つである。ただし、募集定員が少ないと推定誤差が大きくなり、偏差値の信頼性が低下する。定員5人のみで70台になるのと、50人で70台になるのとでは、意味合いが異なる。そこで、入試改革を念頭に掲げて以来、私は一貫して、募集定員が50人以上ある日程の入試、すなわち各大学が重点的に配分する日程に限って比較を行うようにしてきた。
[図表2]国公立大 2026年度入試難易度予想ランキング【医・歯・薬・保健学系】(方式別ランク) Kei-Netの入試予想ランキング表に掲載された国公立大(理科系)2026年度入試難易度予想ランキング表
図表3のランキングは、この方法に基づいたものだ。河合塾のデータで、2026年度の募集人数50人以上の国公立医歯薬系入試の二次試験偏差値を見ると、奈良医大後期(募集定員53人)の二次試験偏差値は70.0で、72.5 の東大理3( 前期・同97人)、京大医学部(前期・同103人)に次いで第3位となっている。
[図表3]50人以上の入試区分でのランキング ([図表2]より、筆者が定員50人以上の入試区分の集計を行ったもの)
年度によって若干の変動はあるものの、2013年度の入試改革以来、奈良医大後期日程入試の偏差値は、常に70以上で全国トップクラスの仲間入りを果たしている。
改革当初に寄せられた「全国から学生を集めても、卒業後に県外に流出してしまうのではないか」という懸念は確かに無視できない。しかし、入試の目的を「優秀な学生の獲得」と明確に定め、そのための戦略を一貫して実行したことで、奈良医大は全国医学部の中で存在感を大きく高めることができた。県内定着をいかに実現するかという課題は別途の取り組みで対応すべきであり、入試改革の本旨をぶらさずにいたことが功を奏したといえる。
推薦、一般前期・後期日程を、それぞれ異なる選抜方法で実施
入試改革では、後期日程重視戦略へ転換するとともに、もう一つ大きな改革を行った。「推薦入試」における新方式の導入である。医学部の推薦入試では、医師不足や偏在の解消を目的に、地域枠や緊急医師確保枠といった特別枠を設けることができる。奈良医大でも2008年度から地域枠と緊急医師確保枠の募集を開始した。
特別枠の選抜方法は大学ごとに大きく異なるが、奈良医大は、高等学校長が受験者を推薦する「推薦入試」とした。推薦といえども学科試験を免除するわけではなく、一般入試と同様の大学入学共通テストと、二次学科試験を必須としている。
180分の持ち時間で3科目すべての問題を同時に配布する「トリアージ入試」
この推薦入試の二次学科試験に、私の発案で2013年度から導入したのが「トリアージ入試」という独自の方式だ。「トリアージ」とは、災害医療において多数の傷病者が発生した際、緊急度や重症度を基準に搬送や治療の優先順位を決定するプロセスを指す。東日本大震災の記憶が鮮明に残っていた当時、「トリアージ」という言葉は広く一般の人々も知るところとなっていた。
医師には迅速、的確、冷静な判断力が求められるが、こうした能力は災害時に限らず、救急医療や手術といった日常的な医療においても必要とされる場面が多い。そこで入試にも「トリアージ」を取り入れた。通常の二次学科試験では、数学、英語、理科と、1科目ずつ順番に試験をする。これに対して「トリアージ入試」では、試験開始時に3科目すべての問題を同時に配布した。
受験生は3科目の問題を見比べ、180分の持ち時間の中で、どの科目から着手するか、どれにどの程度時間を割くかを自ら判断して回答しなければならない。緊迫した場面で、高得点を得るために戦略的な判断ができるか。単なる学力に加えて「状況を見極め、優先順位を決定し、冷静に実行する能力」が試される仕組みだ。
一般入試の前期と後期で選抜方法を変える
さらに、前期日程の選抜方法にも改革を加えた。2023年度からは二次学科試験を廃止し、大学入学共通テストの結果に加え、小論文と面接で評価する方式に変更した。小論文では、論理的思考力、着想力や構想力、説明力、表現力を問う。単に正しい答えを導く力だけでなく、自分の考えを組み立て、他者に伝える力を持った学生を評価している。
その上で、前期と後期の入学者の能力が大きく乖離(かいり)しないよう、前期日程では大学入学共通テストで、一定の得点率を超えた者だけを合格の対象とする基準を設けた。後期日程では二次学科試験の結果を重視して判断している。
このように奈良医大では、推薦入試、一般入試前期日程、一般入試後期日程を、それぞれ異なる選抜方法で実施している。推薦入試の「トリアージ方式」では状況判断力に優れた学生を選抜する。前期日程では小論文試験により論理的思考力や着想力、構想力、説明力、表現力に秀でた学生を見いだす。そして後期日程では難問に挑む粘り強さと高い学力を持つ学生を獲得する。
その結果、単に偏差値の高さだけでなく、多様な能力を備えた学生が入学するようになった。異なる強みを持つ学生同士が切磋琢磨することで、互いに刺激し合い、より優れた能力が引き出される。入試改革は、単なる試験方式の変更にとどまらず、より良き医療人育成という教育理念そのものの実現につながっている。
細井 裕司
奈良県立医科大学
理事長・学長
