◆目立つポジションから一転して対人恐怖症に
――時系列が前後しますが、ネットワークビジネス以前は、野球に打ち込む青年だったと伺いました。ゾンビ井上:小学校から高校まで野球をやっていて、特に中学時代はエースを務めてそこそこ活躍していたと思います。高校では強豪校の硬式野球部に所属しましたが、3年間1度もベンチ入りすらできませんでした。
また部活以外にも、中学時代は生徒会副会長をやるなど、学校生活をきちんと送っていたほうだと思います。ただ、生徒会の集会などで全校生徒を目の前にしたある日、急にみんなの視線が恐ろしく感じられて、鼓動がありえないくらい速くなり、呼吸が浅くなってしまったんです。それ以来、みんなの前に立つのが怖くて、集会で話す文言を極力短くするなどしていました。先生や生徒たちは「どうしちゃったんだろう」と思ったと思います。詳しくはわからないものの、一種の対人恐怖症になっていたのかもしれません。
――大学もそれで中退された。
ゾンビ井上:そうなんです。大学の授業中に、急にフラッシュバックしてしまって。親や友人には言えないので、「音楽でプロになりたいから大学は辞める」とか言って。実際、バンドを組んでベースを担当していたのは事実なのですが、本当は他人の目が怖かったんですよね。
――バンドも注目されそうですが。
ゾンビ井上:注目が怖いと言うよりも、その注目された環境のなかで私が言葉を話すことで、脈が早くなって呼吸ができなくなってしまうんです。ベースは喋らないので大丈夫でした。
◆月収が100万円から4万円になってしまう

ゾンビ井上:はい。ゲイバーのいわゆる上得意のマダムが「あなたはホストとして売れる」と言ってくださって。店も納得したうえでの円満退社でした。そして、22歳くらいのときに大阪のミナミのホストクラブに入店すると、面白いように売れました。これまでゲイバーというユニークな場所で培ってきた話術みたいなものが、ホストクラブでも通用するんだなと思ったのを覚えています。結果的にナンバーワンにもなれて、毎月少なくとも100万円はいただいていたと思います。
――そのあと、上京される。
ゾンビ井上:そうです、東京の超一流店に入ることにしました。そこは全国各地のナンバーワンが集まるような有名店で、レベルの違いに愕然としました。ルックスもトーク力もサービスも、まるで別次元でした。
私はこの店の寮で寝泊まりをしていましたが、その寮費が月2万円ほど。ホストは実力主義であり、当時の私の月収は4万円くらいでしたので、月2万円の極貧生活でした。毎日50円のカップ麺をふやかしてすすって、先輩に奢ってもらったりしながら食いつなぎました。貯金がほぼ底を尽きてしまいましたが、さすがにこれでは大阪に帰れないなと思いましたね。

