帰る家は浪江にない、でも昔懐かしい場所に立てば 15年の歳月が変えたふるさととの距離 #知り続ける

「街を歩けば、私のふるさとだと感じる部分はあります」

浪江は海も山も川もあり、田舎だけれど素敵な街だった。穏やかな日常が突然、失われたのだ。牛来さんが創作活動のなかで一番気づかされたのは、「当たり前の大切さ」だったという。これは今も変わらない。

一方で、震災後に出会った人たちに対する気持ちの向け方は、変化した。「いつかまた浪江の空を」という曲の誕生が、転機となった。音楽家・山本加津彦氏との共作で、2015年3月11日にYouTubeで発表した作品だ。

それまでは、震災で傷ついた思いを聞いて欲しいと躍起だった。だが時間の経過と共に、ふと力を抜いて物事を見られるようになったと牛来さん。

「いつかまた浪江の空を」は2022年、キングレコードから配信開始。翌23年には同社から最初のメジャーシングルとして発売された。

2018年には「G-namieプロジェクト」を立ち上げ、浪江を支援するチャリティーコンサートを開催してきた。2026年は4月12日に太田市で、3年ぶりのステージに立つ。実施したクラウドファンディングには、予定額以上の寄付が集まった。

一方で、牛来さんの暮らしの基盤は今も太田市にある。両親もきょうだいも自身も、浪江にはもう帰る家がない。

「全町避難が長引き、別の場所での生活が長期化したのは大きかった」

もちろん浪江には、折に触れて「里帰り」している。震災で周りの様子が変わってしまっていても、昔懐かしい場所に立てば一瞬で当時の景色がよみがえってくるという。

「街を歩けば、私のふるさとだと感じる部分はあります。浪江ならではの温かさが、ずっとあり続けてほしい」

「震災を経験していない世代」が年々増える中、牛来さんは「当たり前の大切さ」を若者たちに伝え続けていく。(このシリーズ終わり)

(J-CASTニュース 荻 仁)

配信元: J-CASTニュース

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