武家屋敷と町屋が隣り合っていた江戸の記憶を、いまもどこかに残す東麻布。
この地と長きをともにする『五代目野田岩 麻布飯倉本店』で、店主とともにその歴史を紐解いてみた。
1970年代に立て替えた建物。飛騨高山の合掌造りを取り入れ、室内の天井は春慶塗(しゅんけいぬり)。時代を重ねても色褪せない
鰻の老舗として名高い「野田岩」の創業は、第11代将軍・徳川家斉公の治世。寛政年間に現在の東麻布に暖簾を掲げ、約200年が過ぎる。
江戸から令和へ。この店ほど東麻布を語るに相応しい存在はないだろう。
若い頃はフレンチを食べ歩くなど、料理の勉強を欠かさなかったという当主の金本さん
5代目当主で現在98歳の金本兼次郎さんは、店の前を走る坂を指してこう語る。
「この坂を上るとお屋敷街でね。子どもの頃は武家屋敷もいくつか残っていましたね。品のいい方たちが住んでいました。逆に下ると商店街があって、もっと庶民的になる。そんなふうに、はっきり分かれていたんです」
その言葉どおり、江戸時代この一帯は武家屋敷と町屋が混在していた。
茶道具や美術工芸品をつくる者が集まっていたほか、港区の文化財「江戸指物」の作り手は、今も多くがこの地で活動する。古川の河川敷が整備されると次々に町工場が建設され、金属加工や工芸に携わる人々が暮らすようになった。まさに、古からの職人の街なのだ。
金本さんは子どもの頃の東麻布を振り返り、「穏やかであり賑やかでしたよ。小さな町に個人商店が立ち並んでいるもんだから、皆がお互いをよく知っていてね」と笑う。
確かに1丁目から2丁目に広がる東麻布商店街には、戦前から続く青果店、酒店、小さな飲食店などが軒を連ねる。街の職人たちが仕事の合間に集ったような「気取らぬ下町」の空気はそのままだ。
素焼きをしたあとに蒸し、じっくりと本焼きをする鰻。そこには、長年受け継がれてきた職人の技が光る。山の手に合わせて上品な味になるようにと、調整を重ねたというタレも絶品だ。写真は「鰻重(山吹)」¥5,500
東麻布を象徴する、職人気質な姿勢と温かい下町風情は、まさに「野田岩」にも息づく。若き日の金本さんは、渡仏の際に現地の食文化に深く感銘を受け「ワインは鰻の脂を流し、旨みを引き立てる」と確信。
帰国後、伝統的な鰻店としては極めて異例だったワインの提供を始め、1996年にはフランス出店も実現。変化を恐れず伝統と革新の間で歩み続ける姿に、街の歴史を重ねずにはいられない。
今、東麻布は腕に覚えのある料理人たちの“チャレンジの場”であり、“デビューの地”になった。
歴史とともに根付く職人魂と、挑戦を受け止める懐の深さ……その魅力に引き寄せられた令和の挑戦者たちが、この街に励まされ支えられている。
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