だが、ここからは一発勝負の“明日なき戦い”に突入する。2023年に続いて4度目の優勝を果たすには、越えなければならない強豪が待ち構えている。
一発勝負の試合では、ちょっとしたプレーが試合の明暗を分けることが多い。MLB組の大谷翔平、鈴木誠也、吉田正尚の派手なホームランも期待したいところだが、1次リーグよりも格段にレベルの上がる相手だとなかなかそうもいかない。
そこで重要となるのが、「選手が迷うようなプレーをさせないことを、首脳陣がいかに徹底させられるか」であると見ている。日本はかつて、その重要性を痛烈な敗戦から学んでいる。

◆第3回準決勝、逆転が狙える場面
13年前の第3回WBCの準決勝。アメリカのAT&Tパーク(現オラクル・パーク)で行われた日本対プエルトリコの試合でのことだ。0対3でリードされた8回裏、一死から鳥谷敬が右中間へ三塁打を放ち、続く井端弘和のライト前タイムリーで1点を返すと、さらに内川聖一もライト前ヒットでつないで一死一、二塁とチャンスを広げた。打席には4番の阿部慎之助(現・巨人一軍監督)。状況次第では同点、逆転を狙えるような場面を迎えた。
プエルトリコは、この回から登板させたフォンタネスをあきらめ、J・C・ロメロへとつないだ。当時、日本の戦略コーチを務めていた橋上秀樹(現・巨人一軍オフェンスチーフコーチ)が、「ロメロはクイックモーションで1.80秒かかる」という情報をチーム全体に共有。
当時の野球界では、「クイックで1.40秒以上かかるピッチャーは、無条件で走らせろ」と言われていた。野村克也が選手に配っている「ノムラの考え」のなかでは、「1.30秒以上なら狙わせるべき」とも記述があった。
プエルトリコのキャッチャーは、当時MLBナンバーワンと言われていたヤディアー・モリーナ(現・プエルトリコ代表監督)である。モリーナの強肩とクイックスローをもってしても、ロメロのクイックが1.80秒かかるなら、「普通にスタートを切ればセーフになる」というデータがあった。
当時の日本の内野守備・走塁コーチを務めていた高代延博は、山本浩二監督と梨田昌孝ヘッドコーチに、「ダブルスチールを狙わせる」という確認をとると、二つ返事で了承された。
得点差は2点ある。成り行きでは試合は動かない。だからこそ狙うべきだと考えていたわけだ。
◆「行けたら行け」が生んだ走者の迷い
だが、ここで二塁ランナーの井端と、首脳陣との間で齟齬が生まれた。一塁コーチャーズボックスに入っていた緒方耕一は、井端に対して、「盗塁のサインというか、『行けたら行け』が出るかもしれないから、頭に入れておくんだ」と伝えた。井端は緒方の話を聞いて、「えっ、行くんですか?」と内心驚いたという。一部の報道では、井端とコーチとの間でアイコンタクトが成立していたという記事もあったが、実際はそこまでの意思疎通がなかったという。
井端の頭のなかでは、「この場面なら本多雄一(現・ソフトバンク一軍内野守備走塁兼作戦コーチ)を代走で出したほうがいいんじゃないのか」という考えがよぎった。
だが、高代は「本多を起用していれば、相手ベンチは足を警戒してスキを突くプレーにはならない。だから代走の起用はない」と考えていた。
ロメロは阿部に1球目を投じて空振り。続く2球目、井端はスタートを切った……と思いきや、井端は足を止めた。だが、一塁ランナーの内川はそれに気づかず、足を止めずに二塁方向に向かっていた。結局、モリーナがボールを持ったまま二塁ベースまで追いかけ、内川の背中をタッチしてアウトとなった。
直後、阿部が打った打球がセカンドの右を襲った。だが、セカンドを守っていたアービング・ファルーは、打球を体を張って止めて、ひざまずきながら一塁へ送球し、アウトとなった。
結果論ではあるが、もしも一塁にランナーがいれば、阿部の打球はセカンドが追いつけなかった。それだけに、井端と内川の走塁は悔やまれるプレーだ。そして試合は1対3のスコアのまま終了し、日本の3連覇は潰えたのである。

