『突撃!隣の晩ごはん』で一世を風靡したヨネスケが、66歳での“熟年離婚”を経て20歳下の女性と結婚するまで「再婚して僕は生き返った」

『突撃!隣の晩ごはん』で一世を風靡したヨネスケが、66歳での“熟年離婚”を経て20歳下の女性と結婚するまで「再婚して僕は生き返った」

人生100年時代。長すぎる老後の夫婦生活を悲観してか「熟年離婚」が増えているが、それはある日突然起きるわけではなく必ず“兆候”があるという。離婚後の人生を落語家・ヨネスケ氏の体験談とともに探った。

◆ヨネスケ氏が熟年離婚後の10年を振り返る

夫は見てはいけない 妻たちの[熟年離婚]計画
落語家のヨネスケ(桂米助)氏と、’24年に再婚した20歳下の陽子さん(写真右)
突如、熟年離婚を言い渡されたら、中年男性の人生はどう変わるのか? かつての苦い経験を明かしてくれたのは、昭和の名物コーナー『突撃!隣の晩ごはん』のリポーターとして一世風靡した落語家のヨネスケ(桂米助)氏だ。

「40年連れ添ったけど、最後は一瞬。些細な言い合いのなかで、僕が『だったら別れようじゃないの?』と言ったら、元妻は『あたぼうよ!』ってな具合でね。後日、離婚届が送られてきて『顔も合わせたくないのか』と。ずっと不満を溜めてたんだろうね」

ヨネスケ氏が熟年離婚したのは’15年3月。67歳の誕生日を迎える1か月前のことだった。その数か月後には娘の結婚式も控えていたという。

「原因が僕にあったのは間違いない。自宅は千葉にあったんだけど、離婚するまでの10年近く、僕は勉強部屋として用意していた新宿のマンションから仕事に出かけて、飲み歩いて、月に2、3回しか自宅に帰らない生活を続けていたんです。亭主元気で留守がいいだろうという感じで。自業自得だけど、娘とバージンロードを歩くはずだったのに、結婚式にも出られなかったのはツラかった。息子とは連絡は取り合うけど、元妻と娘はほぼ“それっきり”ですね」

◆「一番キツかったのはコロナ禍」

元気で留守がちな元亭主としての意地か、不動産を含めた大半の財産を妻に譲ったというヨネスケ氏。その後の独身生活はさみしいものに。

「一番キツかったのはコロナ禍。仕事がなくなり、飲みにも行けないから、朝起きたら、前日にコンビニで買っておいたご飯を食べて、やることがないから昼から自宅で飲み始める。不規則な生活で、睡眠導入剤をお酒と一緒に飲み込むような毎日。眠れないと一層孤独感が深まるんですよ。あるとき新宿二丁目のママに、『目が死んでるから一度病院行ってきなさい』って言われてね。行ったら軽度のうつ病と診断されました。自宅のベランダで『楽になりたい』と考え込んだ時期もあった」


配信元: 日刊SPA!

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