「成長を抑制する」という戦略
葉山の昼間人口は約78%。この点は鎌倉と同じ傾向で、多くが都心へ通勤するベッドタウン型といえるだろう。しかし、近年その質が変わってきているようだ。
「平日の昼間でもカフェにノートPCの人が増えました」
地元飲食店の店主がそう語るように、葉山は単なる通勤地から、リモートワーク層やスタートアップ経営者、士業、IT関連職などが選ぶ「半自立型居住地」へと進化していると考えられる。
さらに、葉山国際カンツリー倶楽部で始まった現地決済型ふるさと納税。既存の高付加価値資産にデジタル決済を組み合わせ、消費を町内で完結させる仕組みだ。
大規模開発は行わない。観光客を大量誘致しない。再開発で街並みを変えない。これは経営戦略で言えば、「プレミアム・ニッチ型」に似たスタイルだ。つまり、
□拡張よりも維持
□回転率よりも単価
□集客よりも定着
このように観光化しすぎないことで、むしろ競争優位を守る。つまり“成長を抑制することで持続性を高める”という、成熟社会型戦略を選択しているのである。
爆発的成長を捨てることで、長期安定を選んだ町と言ってもよいだろう。
成熟社会における“落ちない設計思想”
高度成長期は、拡張こそが正義だった。だが人口減少時代は、いかに価値を摩耗させないかが問われる。葉山は資産の“希少性管理”は徹底しており、その点でも秀逸だ。
□景観を守る
□大規模商業化を避ける
□地元常連消費を重視する
□ブランドを乱発しない
地元飲食店の店主が語る葉山の強み
前出の店主は言う。
「観光客より、地元の常連さんで回るほうが安心なんですよ」
企業経営に例えると、“LTV(顧客生涯価値)重視”と同じ発想だ。葉山は外部依存度を上げすぎない。内部循環で支える。
富裕層が好んで住むイメージが強い町同士で敢えて比較してみる。
まず、軽井沢はリモート時代を取り込みながら、町の機能の再設計によって成長を遂げた「再設計型成長モデル」といえるだろう。また、鎌倉は旧来の高所得構造から次の収益源への転換を模索中の「資産価値化転換期モデル」であるとする。
では葉山はというと、過度な拡張や観光依存に走らず、既存の居住価値とブランドを磨き続けることで所得水準を維持してきた「成熟安定モデル」と言ってよいのではないだろうか。
このモデルの強さは、“劇的に上がらない代わりに、劇的に落ちない”ことにある。成長率を誇る町は多い。だが20年後も同じ水準を保てる町は少ない。
葉山は、決して派手ではない。しかし構造は極めて戦略的だ。ここは静かな海辺の町でありながら、実は現代の日本において最も現実的な経営モデルを体現しているのである。
鈴木 健二郎
株式会社テックコンシリエ 代表取締役
知財ビジネスプロデューサー
