
食費に光熱費、公共交通機関にいたるまで、値上げが止まらない昨今。なかでも就業人口の約7人に1人を占める非正規雇用者は、低賃金にあえぐ生活を強いられているのが現状です。節約も限界を迎え、“禁断の一手”に手を出すケースも――。
46歳非正規と41歳正社員…兄弟の経済状況を二分した「景気」
東京都出身のユウジさん(仮名)が大学を卒業したのは、就職氷河期が最も深刻さを極めた2000年代初頭。同世代と同様に就活は難航し、派遣や契約社員を転々とするうちに、気づけば46歳。現在は物流倉庫で、手取り月14万円ほどの非正規雇用として働いています。
一方、5歳下の弟・コウヘイさん(仮名)は、景気がわずかに回復した時期に運良く滑り込み、新卒で中堅メーカーの正社員として就職。手取りは月35万円程度(賞与別)、妻も共働きで、安定した生活を送っています。
同じ家庭で育ちながら、社会に出た数年の差が、2人の経済状況を二分したのです。
物価高が非正規の兄を追い詰め…心配する母と弟
Aさんの生活を追い詰めたのは、近年の物価高です。コンビニ、ファストフード、ついには公共交通機関まで……止まらぬ値上げに、ユウジさんはさまざまな節約術を駆使します。自炊は苦手ですが、業務スーパーで安い米やパスタをまとめ買いし、なんとか食いつないでいる状態です。どれだけ寒くてもエアコンはつけず、ダウンを着たまま布団に入ります。しかし、食費や光熱費を削るだけでは追いつかず、節約はしだいに常軌を逸したレベルへ……。
そんな長男の状況を案じてか、実家に住む72歳の母はコウヘイさんに、たびたび兄の様子を聞くように促していました。
「ユウジは元気でやってるかしら」「知らねえよ、あいつが好きでやってんだろ」「そんなこといわずに。最近連絡も返ってこないのよ、ごはんはちゃんと食べられてるのかしら……」
しかし、たしかに数年に1度は実家に顔を出していたユウジさんは、ここ数年姿をみせていません。コウヘイさんが電話をかけてもつながらず、母の心配は大げさではない可能性が出てきました。
そこでコウヘイさんは、兄のアパートを訪ねてみることにしました。
天井近くまで積まれたペットボトルの「中身」
錆びついた階段をのぼり、インターホンがないので木製のドアをノックしますが、応答はありません。恐る恐るカギのかかっていないドアを開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていました――。
酸っぱいようなむわっとした臭いとともに目に入ってきたのは、6畳一間の壁際に、天井近くまで整然と積み上げられていた2リットルのペットボトル。ラベルはすべて剝がされており、その数は、ざっとみても50本以上はあります。
「兄ちゃん!?」思わず大きな声を出すと、奥の布団がもぞもぞと動きました。
「……なに」「兄ちゃん、俺だよ。おい、これなんだよ、やばいやつ? おい、早まんなよ!!」
弟が問い詰めると、ボサボサ髪の兄は長い沈黙のあと、頭を搔きながらポツポツといいました。
「……これ、ただの水だよ。毎晩、0時回ってからそこの公園のトイレで汲んできてるんだよね。けっこう重いから、何往復かすれば、運動にもなるしな。これがあれば、トイレを流すのも、体を拭くのもタダ」
兄は、周囲の目を盗んで公衆トイレの水を汲み、それを生活用水のすべてに充てていたのです。さらに、冬場にもかかわらずガス代を浮かすために一度も給湯器を使わず、公園の水で冷えた体を拭くだけで済ませていました。
「こうすれば、月に数千円は浮く。その数千円が、俺にとっては1週間分の食費なんだ」
兄のあまりの変わりように、弟は拒絶感を覚えました。小さいころは真面目で優しかった兄が、たった数千円のために夜な夜な公園で水を盗んでいる――。その惨めさと、どうしようもない境遇への怒りが混ざり合い、血がつながっていることすら嫌気がさします。
「兄ちゃん。それは節約じゃない、窃盗だよ。捕まったらいまの仕事もクビだと思うよ」
「帰ってきなさい」母の涙と、一時的な解決
コウヘイさんは母親に事実を報告。愕然とした母親は「そんな生活、もうやめなさい」と泣きながらユウジさんを説得し、結果としてユウジさんは15年ぶりに実家へ戻ることになりました。
実家での家賃なし三食付きの生活により、ユウジさんの顔色はみるみる回復し、危うい節約からも解放されました。しかし、これでは根本的な問題解決になりません。
