
中小企業のM&Aにおいて、買主側は旧経営陣による円滑な事業の引き継ぎを期待するのが一般的です。しかし、M&A契約書に役員在任義務に関する記載があっても、実際には旧経営者が十分に対応していないケースが少なくありません。M&Aの際、どのような点に留意しておく必要があるのでしょうか。※本記事は弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士、土屋勝裕氏の書き下ろしです。
M&A後の引き継ぎで期待される「円滑な事業の引き継ぎ」だが…
中小企業のM&Aでは、M&A後の一定期間、売主である旧経営者が役員に在任し、事業の引き継ぎや顧客対応に関与すること(役員在任義務=ロックアップ)が規定されるケースが少なくありません。買主としては、事業の実態を熟知した旧経営者が一定期間関与してくれることを前提に、M&A後の混乱を抑え、円滑な事業承継が実現できると期待します。
しかし、実務では、この「事業の引き継ぎへの期待」が裏切られ、コベナンツ違反としてM&Aトラブル化する場面が存在します。問題となるのは、旧経営者として、役員在任自体は形式的に継続しているものの、実質的な関与が乏しく、事業運営に支障が生じるケースです。
「役員在任義務違反による業務の混乱」が起こる理由
役員在任義務に関するコベナンツでは、「一定期間、役員として在任する」「円滑な事業の引き継ぎに協力する」といった抽象的な定めが置かれることが一般的です。しかし、売主である旧経営者が在籍していながら、会社を売却した以上、主体的に経営をするインセンティブも働かず、意思決定を避ける、現場対応を行わない、実務を部下任せにするなどの態様が問題となります。
買主から見ると、事業運営の中核を担うはずであった旧経営者が実質的に機能しておらず、業務が混乱した以上、役員在任義務違反として責任を追及したいと考えるのは自然です。しかし、M&A契約上、どの程度の関与が義務付けられていたのかが明確でない場合、旧経営者としては居るだけで良いと考えている可能性もあります。
このような場合、買主としては、売主である旧経営者に対して、役員在任義務違反として損害賠償請求をすることができればよいですが、同規定は往々にしてそこまで具体的な義務を規定しておらず十分な根拠となりえないケースが少なくありません。
なお、たとえそのような状況でも、会社法上の善管注意義務違反を根拠として、損害賠償を請求することが可能となり得ます。
