そんなSFのような話が、シリコンバレーでは冗談ではなくなりつつあります。
アメリカの西海岸から届くテクノロジーのニュースを眺めていると、時々、背筋が寒くなるような「未来の足音」が聞こえてきます。キラキラしたイノベーションというよりも、もっと泥臭くて、逃げ場のない湿り気を帯びた足音です。
今回、僕が目にしたのは、私たちが信じてきた「効率化」という神話が音を立てて崩れ始めているような話でした。

◆星新一が描いた「AI上司」という悪夢
半世紀以上前、作家・星新一が書いたショートショートに、亡くなった社長の判断を再現し続ける機械が登場する物語がありました。ある大企業の社長が、自分の死後の経営を心配し、自分の思考や判断基準を完全にコピーした「社長の代わりになる装置」を作らせるという物語です。社長が亡くなると、会社は装置の指示で動き始めます。役員たちは機械の判断に従い、会社は亡くなったはずの社長の意思によって永遠に運営され続ける――そんなブラックユーモアでした。
長いあいだ、この話は「ありえない未来」として読まれてきました。しかし2026年の今、この物語は急に現実味を帯びてきています。
ニューヨーク・タイムズは最近、「When the Founder Dies, but the AI Stays(創業者は死んでもAIは残る)」という記事を掲載しました。そこでは、創業者のメール、会議の発言、音声データなどをAIに学習させ、その人の思考スタイルを再現する試みが紹介されています。
すでにHereAfter AIやStoryFileといった企業は、個人の記憶や人生のエピソードを学習し、死後もその人らしく会話できるAIを作るサービスを提供しています。さらにスタートアップ界隈では、創業者の思考ログをAIに学習させ、「もし彼ならどう判断するか」を経営判断の参考にしようという議論も始まっています。
◆永遠化する「Founder Mode」
シリコンバレーを中心に、これまで企業には「Founder Mode」と呼ばれる現象がありました。スタートアップの世界でよく語られる言葉で、会社が創業者の直感や価値観を中心に意思決定する状態を指します。通常の大企業では、組織はマネージャーの階層と制度によって運営されます。いわば「Manager Mode」です。会議やルール、プロセスを通じて意思決定が行われます。しかしFounder Modeの企業では、事情が少し違います。制度よりも、「あの人ならどう考えるか」が判断の基準になるのです。Teslaのイーロン・マスクなどが好例でしょう。
もしAIがその思考パターンを再現できるとしたらどうなるでしょうか。創業者は亡くなっても、その判断ロジックはAIとして残り続ける。つまりFounder Modeは、AIによって“永久化”する可能性があるのです。企業は、永遠の創業者の思考に導かれる組織になるのかもしれません。
星新一が描いた「社長の代わりになる装置」は、もはや完全なフィクションとは言えなくなってきているのです。

