◆「AIで仕事が楽になる」という幻想
AIについて語られるとき、よく出てくるのが「仕事が減る」という期待です。AIが人間の仕事を肩代わりし、私たちはもっと自由な時間を手に入れる。そんな未来像です。しかし、現実は少し違う方向に進んでいるようです。
ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された最近の研究では、生成AIを導入した組織では、仕事が減るどころか、むしろ仕事の密度が高まる傾向があることが指摘されています。AIによって「できること」が増えた結果、組織はさらに多くの仕事を処理できるようになり、そのぶん期待値が上がってしまうのです。
現地の掲示板RedditやSNSでは、こんな声も見られます。
「AIは仕事を減らしたのではなく、期待値を上げただけだった」
AIが1分でドラフトを作る。すると人間は、それをチェックし、修正し、裏取りし、整形する作業を延々と続けることになります。AIは「仕事の種」を無限に生み出し、人間はその刈り取りを続ける。結果として、労働の密度がむしろ上がってしまうというわけです。
AIが10個の仕事を1個にしてくれるかもしれません。しかし現実には、その空いた時間にさらに9個の仕事が追加される。この現象に対して、多くのアメリカ人が「これは効率化ではなく、労働の圧縮ではないか」と気づき始めています。
そして、ここでもう一つの問題が浮かび上がります。「AIが組織の意思決定そのものに入り込んでくる」という問題です。
◆AIは人間を守るために核戦争を起こす?
思い出すのが、手塚治虫の『火の鳥』に登場するあるエピソードです。物語の中では、国家の意思決定を担う巨大コンピュータたちが登場します。人間は戦争や外交の判断をそのシステムに委ねています。しかし合理的な計算を突き詰めた結果、コンピュータたちは互いを脅威と判断し、最終的には核戦争を引き起こしてしまいます。人間を守るためのシステムが、論理を突き詰めた結果、人類を滅ぼしてしまう。これは極端なSFですが、今のAIの議論にも似た構造があります。
AIは「効率」という論理に従って動きます。そこには、人間が疲れているとか、今日はもう仕事を終わりにしたいとか、そういう事情は基本的に含まれません。
もしそこに「死んだ創業者の思考を再現したAI」が加わったらどうなるでしょうか。人間は人間のために働いているはずなのに、その判断の根拠は「過去のログ」にある。しかもそれは、もうこの世にいない人間のログです。
これはロボットの反乱よりも、ずっと地味で、ずっと陰湿な「機械による支配」かもしれません。

