
65歳で仕事をリタイアすると、多くの人が直面するのが「老後の生活」です。年金と貯金だけで、この先の暮らしをやりくりしていけるのか――それは、遠い将来ではなく“今”の問題として現実味を帯びてきます。もっとも、現在はシニアも当たり前に働く時代。現役時代にキャリアを積み重ねてきた人なら、なおさら老後の就労は簡単だと思うかもしれません。しかし、実際には、立派な肩書があった人のほうが老後に苦労するケースは少なくありません。その理由とは?
年金だけでは暮らせないという現実
「年金だけでは生活できない」。そう聞いても現役世代、特に若い年代にとっては、どこか遠い話のように感じる人もいるかもしれません。しかし実際に、会社員として長年働いてきた人でも、老後が厳しいという現実に直面するケースは珍しくありません。
都内に住む山崎浩一さん(仮名・67歳)は、その現実を痛感している一人でした。山崎さんは、地方の中堅住宅設備メーカーで40年以上働いてきました。 営業畑を歩み、最終的な役職は営業部の部長。部下を抱え、退職前の年収は約850万円。大きい会社ではなかったものの、社内ではそれなりのポジションでした。
「老後は穏やかに過ごしたい」
年金と退職金があれば、穏やかな老後を過ごせる。山崎さん自身も、そう考えて疑いませんでした。ところが徐々に現実が見えてきました。
子ども2人は私立大学へ進学。1人は都内に進学したため仕送りもしていました。都内の自宅ローンは60歳まで続き、さらに母親の介護費用も。退職金も出たものの、住宅ローンの残りを返済すると大きく減少。老後資金として残った貯金は、60歳当時で約1,000万円ほどでした。
「これでは足りない」。そう思いながらも、継続雇用で減った収入では貯金が思うように増えません。結局65歳になったときの貯金は、1,200万円。夫婦の年金は月24万円ほどで、老後を安心して暮らせる自信はありません。「働ける間は働くしかない」 頭ではそう分かっていました。
しかし、山崎さんはいまだに働くことなく、家でじっとしています。
仕事はあるが「働けない」理由
実際、65歳を過ぎても応募できる仕事は少なくありません。それまでのキャリアを活かせる仕事もあります。山崎さんはハローワークでそうした仕事の紹介を受け、チャレンジを決意しました。
ところが、仕事は長く続きませんでした。入社すると、20代後半の営業リーダーの下につくことになったのです。営業の進め方や報告の仕方を一つひとつ指示される日々に、山崎さんは強い違和感を覚えました。
「頭では分かっているんです。自分は新人なんだから、教わる立場だって。でも……」
かつては部下を抱え、営業会議で指示を出す側だった自分が、年齢が半分ほどの上司に細かく指導される立場になっている。その状況に、どうしても気持ちがついていかず、結局、3ヵ月で退職。
次の候補は、まったくの別業種。シニアアルバイトの定番ともいえる、マンション管理員、スーパーの品出し、警備員、コンビニスタッフなどです。しかし、長年、部下を指導してきた立場だった自分が、 レジに立っている姿や警備服を着ている姿を想像すると、どうしても踏み出せませんでした。
「万が一、元部下に見られたら……そんな想像もしてしまう。くだらないと思われるかもしれませんが、プライドですよ」
働かなければ生活が厳しい。 それでも心のどこかで「そこまでして働くのか」という思いが消えませんでした。そうして、気づけば退職から2年が経っていました。 その間、生活費の不足分や突発的な出費は貯金から補填。口座残高はすでに1,000万円を切っています。
「このペースだと、70代前半で底をつくかもしれない」
家計が厳しいことは妻も分かっています。そのため、今や“夫婦で温泉”どころか、毎日食費を切り詰める日々です。しかし、お互いに働こうとはしません。
「もしも貯金が尽きたらどうなるんだ……」。その「もしも」のときは確実に近づいてきています。それでも、山崎さんは何もできないまま、今日も通帳の残高を眺めています。
