【連載】文房具百年 #72「小さいものを眺めていたら~昔のアルバムとコーナーラベル~」

【連載】文房具百年 #72「小さいものを眺めていたら~昔のアルバムとコーナーラベル~」



たいみち

小さい紙を眺めていたら


 前回紹介したインデックスラベルに続き、今回も小さい紙の話だ。インデックスラベルを眺めていた時に、他にも見ていた紙がある。封緘紙や写真用コーナーラベル、それにアルバムのタイトル用のラベルだ。
 そういえば、自分の子供のころの写真は、丁寧にアルバムに貼られていたし、自分でコーナーラベルを使って貼った記憶もあるが、途中からはポケット式の簡易的なアルバムに差し込むだけになってしまった。スマホで写真を撮れるようになってからは、写真をプリントすること自体がほぼなくなっている。つまり、写真の形態や保存の仕方が変わったことで、以前のようなアルバム作りが廃れてきていると思う。それに伴い、かつてアルバム作りに欠かせなかった文房具たちも姿を消しつつあるようだ。昔のアルバム作りで使われたラベルや文房具がこのまま忘れられてしまうのも寂しい話だ。であれば、昔のアルバム作りについてここでちょっと記録を残しておくのも悪くないだろうと思い、今回は昔のアルバム作りについて紹介することにした。

202603taimichi1.jpg*以前展示用に使ったタイトルラベル、コーナーラベルなど。

アルバムの話


 さて、日本におけるアルバムの歴史を簡単に紹介しておこう。と言っても、今回は昔のアルバムがどのように作られていたのかを紹介するのがメインなので、改めて詳しく調べなおしたりはしていない。「東京紙製品のあゆみ」におおよそのことが書かれていたので、その内容を簡単にまとめる程度にしておく。
 まず、アルバムはいつから日本にあるのか。これが意外と早く、明治初期には輸入のアルバムがあったようだ。国産化は黒田久吉氏※1が最初で、明治4年に厚紙を折本式の型にしたものを作り出し、「写真帳」「写真ブック」と命名したとある。
(出典「東京紙製品のあゆみ」※2
 ここで、明治4年に国産化は早すぎるのではないかと疑問を感じたが、写真自体が幕末には日本に入って来ていたことや、明治10年の内国勧業博覧会で、榛原(現在も日本橋にある和紙の老舗)の職人が「写真ブック」を出品して受章している履歴があるので、明治4年にアルバムがあってもおかしくないと思った。
 ただ、早々に発売が始まっていたとしても、写真自体が一般的に普及しないとアルバムも売れるはずがなく、売れるようになったのは関東大震災以降だったとのこと。また、アルバムは紙製品の中で特殊で、「利益率が高く問屋などは5割の儲けが普通だった」とあるのが興味深い。(出典「東京紙製品のあゆみ」)
 確かに、昭和の時代のアルバムは分厚く、大変豪華な装丁のアルバムが当たり前のように存在した。骨董市で見かける戦前のアルバムも、革の装丁など高級感のあるものが珍しくないので、昔から高利益商品だったと聞くと、それはそうかもな、と納得できる。

202603taimichi2.jpg*昭和10年頃のアルバム。



 そして今回紹介する「昔のアルバム」の特徴としては、台紙が黒いところだ。昔のアルバムの台紙のすべてが黒いわけではなく、茶色なども見たことがあるが、今回は黒い台紙のアルバムを紹介したい。なぜ台紙が黒いのか、最初から黒かったのかは調べていないが、総じて写真が見栄えよく見えるといった理由であろう。
 ちなみに、明治37年発行の「写真術階梯」という書籍では、「素人写真が盛んになって来、人の指向も高くなってきたのにつれて種々なる形、色々なる色の台紙ができている」とあり、更に「すべての場合、台紙は印画(紙)より、少し暗いものがよろしい」とも書かれている。
(加藤信一 著『写真術階梯』,小西本店,明37.11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/853955)
 ここでいわれている台紙はアルバムの台紙ではなく、1枚ずつ写真を張り付けるタイプの台紙のことだが、アルバムの台紙についても同様と後述されている。明治時代には台紙の選び方を考えるまで写真が浸透してきていたと言えよう。


配信元: 文具のとびら

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