「自分へのご褒美」と理由をつけて、甘いものを食べる時。本当に求めているのはケーキそのものじゃなく、自分を大事にする「時間」そのものだったりしませんか?
忙しい毎日のなか、誰かの期待や通知に追われて、自分の心と向き合うことを忘れてしまう。そんな乾いた心を潤してくれる場所が、大阪・枚方市にあります。
「float(フロート)」。ここは、あえて「おしゃべり」を禁止した、本の読めるカフェ。 落ち着いた時間の中、聞こえてくるのは本のページをめくる音だけです。
一見、会話がない空間は冷たく感じるかもしれません。でも、この場所に身を置くと「他の誰かも今、自分自身と丁寧に向き合っている」という、静かな感覚に包まれます。今回は、そんな自分を満たすための特別な過ごし方についてご紹介します。

「静寂」が守られた空間。自分だけの時間を味わう場所

京阪樟葉駅から歩いて約15分。住宅街にひっそりとある「float(フロート)」の店内に入ると、驚くほど静かな空気が流れています。ここでは「おしゃべり」はNG。2人で訪れても、それぞれが別の時間を過ごすことがルールです。

自分が読みたい本をめくり、じっくりと文字を追う人。手紙を綴る人。編み物をする人。ただ窓の外をぼーっと眺める人…。過ごし方はそれぞれなのだとか。不思議なことに、周りに誰かがいても「自分と向き合う」ことに没頭できる空気があります。

本棚に並ぶのは、店主・丸本小夏さんのコレクション。よく見ると、表紙が擦り切れていたり、お気に入りの言葉が書かれたページには付箋が貼られたままになっていたり。それは単なる貸出用の本ではなく、丸本さんが何度も救われてきた「人生の辞書」そのものです。

「旅をするように本を読んでほしいんです」
そんな想いで選ばれたエッセイや言葉たち。何から読めばいいか迷った時は、丸本さんが今の気分にぴったりの1冊を、コンシェルジュのように選んでくれることもあります。

家で過ごすのとは違う。かといって誰かと話すわけでもない。「他の誰かも自分と同じように、自分を大切にする時間をとっている」。その気配が、不思議な安心感を生み出しているのです。
「消費」の果てに見つけた、本当の価値とは
なぜ、そこまでして「静寂」というルールにこだわったのか。その原点は、丸本さんがカフェ経営を通じて抱え続けてきた、ある違和感にありました。

「いつかパティシエになる!」
そう誓ったのは8歳の頃。中学卒業と同時に現場へ飛び込もうと決めていたほど、夢に真っ直ぐだったという丸本さん。結局高校へは進学しますが、ケーキ屋さんでのアルバイトを欠かさず、常に「プロの現場」の空気を肌で感じてきたそうです。
「お菓子だけではなく、色々な人の価値観に出会いたい」と、専門学校ではなく大学へ進学し、管理栄養士の資格を取りながら、バックパッカーとしてヨーロッパの風に触れる日々を送っていたのだとか。
そんな大学在学中の2019年、一つの大きな転機が訪れます。お母様が以前勤めていたカフェのオーナーが店を閉じることになり、その場所を丸本さんが譲り受けることになったのです。

「長居する前提だから、手に触れるものは心地よいものを」と選んだコレクション
「ケーキ屋さんの厳しさは知っている。でも、ここなら母と二人で、私たちが本当に作りたいお菓子を届けられるかもしれない」
母という心強いパートナーと共に、学生ながらにして初めてのカフェをオープン。お菓子を作って、お客さんに喜んでもらう。丸本さんは「夢を叶えたんだ!」と充実した毎日を過ごしていましたが…徐々に言葉に表せない違和感を覚えるようになったそう。
「お客さんの消費を促進するだけの日々に、何の意味があるんだろう?今の時代、美味しいお菓子なんてどこでも買える。私にしか提供できない価値って、一体なんなんだろう?とモヤモヤしていました」

ちょうどその頃、建物の老朽化によりカフェは閉店を余儀なくされます。丸本さんは、自分の「答え」を見つけるため、京都のコワーキングスペースでの間借り営業を開始。そこで様々なイベントを企画する中で、あるひとつの企画に出会います。それが「本を読む時間をみんなで共有する」という読書会でした。
実は、彼女自身も幼い頃からの読書家。大人になるにつれ、本を買う機会はあっても「本を読む時間」そのものが減っていることに、その企画を通じて初めて気づいたのです。

「本を読むっていう行為自体、誰のためでもなく自分のため。じっくり文字を追って、言葉を受け取り、自分自身の心に向き合う……そういう『自分のコップに水を溜めるような時間』を、本当はみんな求めているんじゃないか」
そう感じた丸本さんは、売上や効率といった「数字」のために店を動かすことをやめました。その人自身のための時間を守り抜く場所を作りたい。そんな信念を形にしたのが、今の「float」という空間だったのです。