◆「断酒薬セット」で寝落ちが最適解?
そこで、アルコール依存症の病院では初診の際に「マイスリーだけでは眠れない」ということを伝えた。すると、デエビゴも処方されることになった。これはオレキシン受容体拮抗薬に分類されている比較的新しいタイプの睡眠薬だ。脳内にある覚醒状態を維持する「神経ペプチド(オレキシン)」の働きを低下させて、眠りに誘うという作用がある。
デエビゴを5mg、マイスリーを5mg、レグテクト、そのほかビタミン剤、そして「ロラゼパム」というベンゾジアゼピン系の抗不安薬で構成される「断酒薬セット」を毎晩一気に飲み込む。すると、1時間も絶たないうちに「寝落ち」してしまうのだ。これまでに感じたことのなかった「快楽」である。
「もう、お酒飲まなくてもいいや!」
こうして、筆者はアルコール依存症から抜け出せた。病院に通い続け、あるときからデエビゴが10mgに増えたり、トリンテリックス(抗うつ剤)や、ベンゾジアゼピン系のトラゾドン(抗うつ剤)とロフラゼプ酸エチル(持続性心身安定剤)が追加されたり減らされたりを繰り返して今に至る。
改めて、今回の原稿執筆にあたり、「おくすり手帳」を見返したところ、いつの頃からかアルコール依存症の治療薬のレグテクトは処方されなくなっていた。完全に酒への未練は断つことができたと医者からのお墨付きをもらえたのだろう。
とはいえ、睡眠薬の量が増える分にはまだ理解できるが、抗うつ剤、抗不安薬、持続性心身安定剤などが追加されるようになった経緯はよく覚えていない。確かに、お酒を飲まなくなった分、ストレスと緊張感をこれまで以上に抱えるようになったのは事実だ。
「まぁ、処方されるに越したことはないか……」
ただ、体内からアルコールが抜けた分、今度は睡眠薬の影響で寝起きは「せん妄」のような状態に陥ることが増えた。
「この間、雑誌のインタビューを受けたんだけど、お母さんが裁縫部だったことを伝えたよ」
当時、一緒に住んでいた母いわく、筆者を朝起こしたところ、意味不明なことを繰り返していたという。そして、恐ろしいことに、そのときの記憶は一切残っていない(さらに母は裁縫部ではない)。
睡眠薬の作用が抜けきっていないままに目覚めると、酩酊状態と同じようになることを、そこで初めて知った。ただ、その症状も3カ月くらいでなくなった。
「やった! 睡眠薬さえあれば、真っ当な人間として生きていける」
毎晩、断酒薬セットをノンアルコール飲料で流し込む……。果たして、これが健康的な行為かといわれると、当然そんなことないのだが、少なくとも酒を飲まなくなっただけ健康的だろう。
◆「10時間睡眠」がデフォルトになった経緯
こうして、健康的な睡眠生活を手に入れたと思われるかもしれないが、実際はそうではない。筆者は昔から寝付きが悪かったのだが、逆に一度寝ると簡単には起きられない。そのため、第1回でも紹介したが、学生時代は9時半に始まる1限の講義はすべて寝坊してしまう恐れがあったため、カリキュラムは11時に始まる2限の講義から1日が始まるように組んでいた(それでも、寝坊していた)。
社会人になってからも働く時間が不規則な「編集者」という仕事を選んだ。
「新入社員なのだから、10時には出社しよう」
入社当初はそう心に決めていたものの、勤続年数が増えるに連れて10時、11時、11時半、12時……と、出社時間は遅くなる。その分、家で寝ていた。
もちろん、仕事をしていないわけではない。前日遅くまで仕事をしていたため、出社時間が12時半になったり、仕事の付き合いの飲み会が深夜まで続き、二日酔いの影響で時には14時頃に出社することもあった。それでも、「裁量労働制」という「出来高制」なので咎められることはなかった(代わりに先輩社員たちからは叱られたが、その先輩たちも昼過ぎに出社していた)。
そんな「朝に弱い」人間たちを社会が「許してくれる」時代が訪れる。新型コロナウイルス感染症の世界的流行の影響で、テレワークになったのだ。
持ち帰ったパソコンはVPN接続などで会社に監視されているわけでもないため、深夜まで働いて昼過ぎに起きて、また作業を再開するというスタイルでも、与えられた仕事さえ達成していれば特に問題ないのである。そのため、深夜3時までストロング系を飲みながら働いて、翌日は昼頃に目を覚ますこともしょっちゅうあった。
「さすがに寝過ぎでは?」
アルコールの影響でしっかりと睡眠が取れていないのか、「10時間睡眠」がデフォルトになってしまったのだ。もはや「過眠症」の粋だが、特にそのような診断はされていないので原因はわからない。ただ、深夜にたらふく酒を飲んで翌朝、起きられないのは当然の結果である。
このように酒で睡眠サイクルは破壊されてしまった。それが睡眠薬を飲んで常識的な時間に眠ることで、真っ当な生活を送るはずだった。
しかし、次第に筆者の身体はアルコールと同様に睡眠薬にも「耐性」がつき始める。

