◆前回までのあらすじ
ワーママの由里子、専業主婦の愛梨、独身のまりかは、3人で六本木のパーティーに行き、さらに仲が深まる。まりかは自由に恋愛を楽しむスタイルのはずだったが…。
▶前回:共働き夫婦。妻が買ったスーパーのお総菜に「体に悪い」と言い放った夫に妻は…
彼氏じゃないけど…:まりか(37歳)Web制作会社経営/ピラティス インストラクター
「じゃあ次は…ここで。あ、後ろ姿でいいから」
私はそう言って、颯斗にスマホを差し出した。
「あのさ、まりか。気づいてる?撮影会になってること。僕、完全にカメラマンじゃん」
軽く文句を言いながらも、颯斗は笑顔でスマホを構えてくれている。
今日は颯斗と千葉にあるテーマパークでデート。彼には“滅多に来ないから、年甲斐もなく、はしゃいでいる風”を装っているが、実は1ヶ月前にひとりで来たばかりだ。
颯斗には、私がこのパークのファンだとは言っていない。
本当は、どこにビールが売っているのか、どの味のポップコーンがあるのか、パレードの時間やアトラクションの人気順も全て把握している。けれど、彼にそのことは絶対に言わない。
偏見の目で見られたり、オタク知識をあてにされたりしたくないからだ。
「ねぇ、次は一緒に撮ろうよ」
「おっ?やっと、僕がカメラマンじゃないことに気づいてくれました?」
颯斗は笑いながら私に肩を寄せた。
今日が、私の誕生日の前日だということを、颯斗は知っているはず。
誘ったのは私だけど、颯斗はパークのチケットを取ってくれたし、ここに来るまでのタクシー代も払ってくれた。
もしかしたら、ディナーのあたりに“何か”があるかもしれない。そう期待に胸を弾ませながら、デートを楽しんだ。
◆
14時すぎ。
ランチを済ませ、アトラクションにひとつ乗ったあたりで、私はInstagramのストーリーをチェックした。
何個もアップした“自分なりに映えている画像”は、ちゃんとカワイイし男性と来ているのでは?という絶妙な匂わせも完璧だ。
順調に既読もついて、スタンプの反応やコメントもある。
― ん?
その中に、最近アカウントを教えあったばかりのアイコンに目がいく。
『私も来てるよ〜!いい天気でよかったよね♡』
「え、うそ」
コメントをくれたのは愛梨で、彼女も近くにいることが判明した。愛梨のInstagramも更新されていたが、“親しい友達限定”で投稿されていたのは、彼女の息子の姿だけ。
「あれ……愛梨は?」
そう思った後で、気づいてしまった。
子どもがいる女友達たちは、家族といる時に自分ひとりの画像をアップしないという事実に。
子どもがはしゃいでいる様子、美味しそうに何かを食べている動画、可愛く撮れた瞬間。稀に子どもとのツーショット。それも、彼女たちは自らの写りよりも子どもの写りを気にしている。
いつだって、彼女たちの主人公は子どもなのだ。
私は37歳…明日には38歳になる。もう、ひとりで浮かれて撮影してもらう年齢でもないのかもしれない。そう思うと、楽しかった気持ちが急にしぼんでいった。
「ねぇ、次どこ行く?アイスとか、甘いもの食べたくない?」
颯斗の声に顔を上げ、「うん、チュロスは?この近くにシナモン味のお店があったはず」と答えたけれど、胸の奥にはすでに、小さなつっかえができていた。
日が暮れて、辺りの雰囲気が変わってきた頃、ファミリー層がポツポツと帰り始め、私は少しホッとしていた。
レストランはパーク内でも美味しいと有名なイタリアンを予約している。
私は颯斗と一緒に席につき、白ワインで乾杯をした。けれど、食事をしただけでサプライズはなし。何かを期待してしまっていた私は、少し落ち込んだ。
しかも、帰りに寄ったショップで「これ、会社の人に配ろうっと」と私のカゴに自分のお土産のクランチチョコまで放り込んできたのだ。
「ねぇ、それ自分のじゃん」
「いいじゃん〜まりかお金あるんだし。社長さんでしょ?」
冗談っぽく言ってるけど、言葉の端々に甘えが滲んでいるのがわかる。
今日は特別な日の前日。大人になっても、誕生日は大切な日で、意識したくなくともしてしまう。だけど、プレゼントも、ディナーでのサプライズも何もなかった。
「楽しかったね!2万歩くらい歩いたんじゃない?疲れたわ〜」
颯斗は、私に買ってもらったクランチを片手に上機嫌だ。
― でも、まぁ…今夜もうちに泊まるだろうし。
そう思いながら、ふたりでタクシーに乗った帰り道。「じゃ、俺この辺で」六本木の交差点で、颯斗は降りた。
「え?一緒に帰らないの?」
てっきり私が住んでいる西麻布のマンションに一緒に行くと思っていたので、声が裏返ってしまう。
「ちょっと用事あってさ、また連絡するね」
タクシーのドアが残酷に閉まり、私はそのまま西麻布の自宅へと運ばれていった。
◆
部屋に戻り、メイクも落とさずドサっとベッドに倒れこんだ。
疲労とは別の、もっと違う疲れが私を襲ってくる。
そのままスマホを開いて、颯斗のメッセージを非表示にし、その流れで、由里子・愛梨とのグループLINEを開いた。
「あれ?」
愛梨がメッセージを送った形跡がある。
でも、その内容は「メッセージの送信を取り消しました」とだけ表示されている。
― 何を送ろうとして、取り消したんだろう?
ただの誤送信か、気まずくて送れなかったのか。今日、偶然にも同じ場所にいたこともあり、私は気になって、個別にメッセージを送った。
『今日、会えなかったね。笑』
すぐに既読になり、返信が来る。
『広すぎるもんね。それに私の母と圭太の3人で行ったから全然オシャレもしてないし、見られなくてよかったよ〜』
息子の笑顔が見たくて連れて行ったのだという愛梨と私では、パークに出向いた目的が違いすぎる。
けれど、なぜだか共感はできた。私も颯斗の弾けるような笑顔が見られて、嬉しかったからかもしれない。
『まりかちゃん…ちょっと話、聞いてくれる?』
そのメッセージのあと、私は、すぐに愛梨に電話をかけた。
「ごめんね。話した方が早いと思って」
「ありがとう、あのね…将生、夫が浮気してるかもしれないの」
愛梨の声は、思った以上に冷静だった。怒っているわけでも、憂いているわけでもない。
それがなんだか不気味で、怖いくらいだった。
「この前、あのパーティーの後、偶然見ちゃったんだよね。商店街の脇道に入っていく、将生…夫を。隣には、若い女の子がいたの」
私は息を呑む。
「まじ……?」
「うん。見間違えるわけはないと思う。私、両目2.0だしさ。まぁ、よくあることなのかもしれないけど、その日はさすがに落ち込んじゃったよ」
「そりゃそうだよ。だって、その日は愛梨ちゃんが実家に帰るって思ってたんだよね?ってことは確信犯じゃん」
“確信犯”つまり、愛梨の夫の行動は“クロ”の可能性が高いということだ。それを私がハッキリと口にした後、愛梨は言葉を詰まらせた。
「ごめん…まだ、旦那さんが浮気してるって決まったわけじゃないのに」
「ううん、ありがとう。話聞いてくれて」
「いやいや。私でよければ、ゆっくり話聞くよ。あ、ピラティスの体験レッスンにおいでよ!そのあとランチでもしよう」
私が言うと愛梨は安心したようだったので、ホッとして電話を切った。
体を起こし、シャワーを浴びて、最低限のスキンケアを施す。その間、スマホはピクリとしなかった。つまり、24時を回り誕生日を迎えたのに颯斗からの連絡はない。
無論、私たちは付き合っていない。彼氏彼女ではない。その関係を望んだのは私だ。
それなのに、こんなにも胸が苦しい自分に嫌気が差す。
― 何やってんだか、私は…。
もう潮時なのかもしれない。そう思いながら、私は大好きなマッカランでハイボールを作り、38歳になった自分を祝った。
▶前回:共働き夫婦。妻が買ったスーパーのお総菜に「体に悪い」と言い放った夫に妻は…
▶1話目はこちら:「男の人ってズルい…」結婚して子どもができても、生活が全然変わらない
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愛梨はまりかと会って相談することにするが…

