◆証明する証拠が手元にないから…
山田さんが反論できなかったのには理由があった。まず、入居時の状況を写真に撮っていなかったこと。そして、「ほとんど住んでいなかった」という事実が、逆にアダとなった。大家は「住んでいないなら、なおさら変色しないはずでしょう。あなたが汚したとしか考えられない。こちらは親切で安くしてあげたのに、こんな状態で返すなんて」と理詰めにしてきた。
大家の理屈に、山田さんは言葉が詰まった。経年劣化かもしれないが、それを証明する証拠は手元にない。契約書の細かい条項も、安さに目が眩んで読み飛ばしていた。
後日送られてきた請求書には、敷金を大きく上回る約30万円の原状回復費用が記載されていた。相談も頭をよぎったが、証拠がない以上、勝ち目があるか分からない。何より大家とのやり取りに精神的に疲弊していた山田さんは、支払いに同意した。
「あの笑顔は何だったのか。金が絡むと人はこうも変わるのかと、人間関係の裏表を痛感しました。あれからは賃貸契約に慎重になり、入居時には必ず写真を撮り、契約書は隅々まで読むようにしています」
相場より安すぎる物件には、必ず理由がある。そして、親切すぎる大家にも注意が必要だ。山田さんは高い授業料を払い、自身の落ち度を学んだ。
<取材・文/maki>
【maki】
ライター・エッセイストとして活動中。趣味は人間観察と読書。取材からエッセイ、コラムまで幅広く執筆している

