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「人事差別に好都合な制度」元“敏腕”裁判官が「国」を提訴した裁判で指摘…公務員「地域手当」の“不合理性”とは【第4回口頭弁論】

「人事差別に好都合な制度」元“敏腕”裁判官が「国」を提訴した裁判で指摘…公務員「地域手当」の“不合理性”とは【第4回口頭弁論】

元裁判官の竹内浩史氏(今年3月31日に依願退官)が、国家公務員の「地域手当」の金額の大小によって裁判官の給与が減ることが、裁判官の在任中の「報酬」の減額を禁じた憲法80条2項に違反することなどを理由として国を提訴している訴訟で1日、第4回口頭弁論が名古屋地裁で開かれた。期日後には竹内元判事と弁護団による報告集会が行われた。

竹内元判事は、2003年に弁護士としての実績を買われ、弁護士会の推薦により裁判官に任官。2004年に東京高裁で「近鉄・オリックス球団合併事件」の主任裁判官を務めるなど、多くの重要事件の裁判に関わり、敏腕として知られた。

また、2023年には生活保護費の減額の違法性が問題となった「いのちのとりで裁判」で津地裁の裁判長として原告勝訴判決を下し、その判決理由中で、厚労省が自民党の政権公約に忖度したと明言して話題となった。

他方で自身のブログ「弁護士任官どどいつ集」で積極的に意見を発信する「異色の裁判官」でもあった。

今年3月、津地方裁判所民事部の部総括判事を務めたのを最後に依願退官。現在は、弁護士として活動するとともに、立命館大学法科大学院(ロースクール)教授として教鞭をとり、後進の指導にあたっている。

「報酬額の0%~20%」…裁判官の「地域手当」の特殊性

本件訴訟では、以下の2つの争点が提起されている。

第一に、裁判官に毎月支給される「地域手当」のあり方が、裁判官の報酬を「在任中、これを減額することができない」と定める憲法80条2項に違反しないかという点。

第二に、裁判所による竹内元判事に対する昇給・昇格差別が行われたか否かという点。

このうち前者については、国家公務員の地域手当は報酬額を基準として何%かで決まり、たとえば名古屋市(3級地)は15%、津市(6級地)は6%などと設定されている。また、級地区分のない地域もある(0%)。

竹内元判事は2021年4月、名古屋高裁から津地裁に民事部の部総括(民事部のトップの裁判長)として異動した際、「地域手当」が減額された(15%から6%へ)。

名古屋で勤務していた時と比べ、大幅な収入減となった(【図表1】参照)。

【図表1】竹内元判事の異動による給与減額の状況(訴状より)

国側は地域手当が「報酬」にあたらないと主張

竹内元判事は、地域手当が憲法80条2項の「報酬」にあたると主張し、異動後3年分の「地域手当の差額」238万7535円などの支払いを求めている(行政事件訴訟法4条参照)。

これに対し、被告である国は、憲法80条2項の「報酬」は「一定の役務の給付の対価として与えられる反対給付」であるとの解釈を示した。

そして、この解釈を前提とし、地域手当は「地域における民間の賃金水準を基礎とし、当該地域における物価等を考慮して支給されるもの」(一般職給与法11条の3第1項参照)なので、上記「報酬」にあたらないなどと反論している。

口頭弁論期日後の報告集会で、原告弁護団の齋藤尚弁護士は、被告の上記反論について「言葉遊びのようなもの」と批判した。

齋藤尚弁護士(10月1日 名古屋市内/訴訟事務局)

齋藤弁護士:「国の反論は、形式のみで実体のないものだ。地域手当が『物価水準・賃金水準の地域格差を是正するためのもの』だとしているが、それにしては、報酬額の0%~20%という差は大きすぎる。

『地域における民間の賃金水準』は何を基準として決めているのか、それが妥当なのかという実質的な議論がなされなければならない」

算定根拠が「ブラックボックス」

竹内元判事は、地域手当の設定のあり方が一般職給与法の定めに反している疑いがあることを指摘した。

竹内元判事:「(被告側が主張の根拠として示している)一般職給与法11条の3第1項は、地域手当は『民間の賃金水準』を基礎とし『物価』等を考慮すると、明確に定めている。

ところが、国側の反論はこの法律の定めに則っておらず、『物価』については『物価が賃金水準に反映されている』という乱暴な理屈で片づけている。

都会と地方で格差が大きいのは住居の賃料相場だが、(それは住居手当の問題であり)地域手当とは無関係だ。東京23区の物価が他の地域より20%も高いなどということはあり得ない。(一般職給与法の条文どおり)『物価』を考慮すれば、これほどの格差は正当化できないはずだ」

また、準備書面を起案した新海聡弁護士は、「地域手当の算定根拠がブラックボックスになっている」と指摘した。

新海聡弁護士(10月1日 名古屋市内/訴訟事務局)

新海弁護士:「参考資料として採用している数値がどこの企業のものなのか、そもそもその企業が存在しているのか、といったことさえわからない。

これでは透明性がなく、客観的に検証することができない。また、合理性についてなんら説明が行われていない。今後はこれらの点について丁寧に反論を行っていきたい」

なぜ「居住地」ではなく「勤務地」基準なのか

地域手当については、居住地ではなく勤務地で決めていることの合理性も指摘されている。実際、この日の報告集会参加者からも、「一般国民からは分かりにくい」との指摘があった。

竹内元判事:「住居手当も通勤手当も居住地の住所が基準だ。それなのに、なぜ地域手当のみ勤務地が基準なのか、国家公務員のほとんどがおかしいと感じていることだと思う。

東京の外れに住んで東京23区に勤務している官僚たちは、地域手当が20%上乗せされる。

ところが、逆に、都市部に居住して地方へ通っている人は、勤務地の低い地域手当を受け取ることになる。

私がその典型で、名古屋(提訴当時15%)に住んで津(同6%)に通っていた。津の物価は名古屋と変わらない。しかも(電車の本数がきわめて少なく特急列車に乗らなければならないにもかかわらず)特急料金は自腹だった。理不尽といわざるを得ない」

なお、地方公務員の地域手当も国家公務員と連動している。そして、地域手当の格差が原因で、地域手当がない市町村や低い市町村で、看護師等の採用難が深刻化しているという問題が指摘されている。

この問題について、2023年12月に滋賀県近江八幡市が、国会と政府に「地方公務員給与の地域手当見直しに関する意見書」を提出している。

期日前の入廷行進(前列左から4人目が竹内浩史元判事。10月1日 名古屋市内/訴訟事務局)

「人事差別の手段として都合がいい」と指摘

このように、地域手当の制度は、他の「手当」と名の付く給付と比べ特殊な性格をもち、その合理性に疑問が呈され、かつ具体的な問題点も指摘されている。

竹内元判事は、地域手当が「最高裁事務総局が人事差別の手段として利用するのに都合がいい制度」になっている側面があると指摘した。

竹内元判事:「気に入らない裁判官を地方の裁判所に赴任させることによって、(表向きは昇進で『報酬』が上がっても)その裁判官の地域手当を最大で20%から0%に下げることができる。

これにより実質的な差別ができることになる。最高裁事務総局にとって、このような手段を握っていることは好都合だ」

客観的数値でみる「昇進・昇給差別」

本件訴訟で竹内元判事は、地域手当の問題に加え、自身が在任中に受けたとする「昇進・昇給差別」を理由とした国家賠償請求も行っている(国家賠償法1条1項参照)。

前提として、裁判官の報酬額は「号俸」といわれる階級と連動している。「最高裁判所長官」「最高裁判事」「高等裁判所長官」(東京とその他とで区別)が別格で、その他は判事1号~8号、判事補1号~12号に分かれている(【図表2】参照)。

【図表2】裁判官の報酬(裁判官の報酬等に関する法律2条「別表」をもとに作成)

「号俸」と役職との厳密な対応関係は明らかにされていない。

しかし、原告の主張によれば、実際の役職ごとの人数と照らし合わせると、おおむね「判事1号」が「高等裁判所の部総括判事」と「地方裁判所・家庭裁判所の所長」に相当、「判事2号」が「地方裁判所の部総括判事」またはその経験者に相当すると考えられるという。

竹内元判事は2014年4月に「判事3号」に昇給したのを最後に、10年にわたり昇給しなかった。最終の職位は「津地裁の民事部の部総括判事」であり、前述の対応関係を前提とすれば、本来であればおおむね「判事2号」に相当するはずである。

これに対し、竹内元判事の司法修習同期(39期)は、去年6月末日時点で現職の裁判官が竹内元判事を含め19名。そのうち17名(弁護士任官者2名を含む)が、高裁長官、高裁の部総括、高裁支部長、知財高裁所長、地裁所長、家裁所長、司法研修所長のポストに就いていた。

上述の対応関係によれば、いずれも「判事1号」ないしは「判事2号」に該当することになる。

弁護士の疑念「有能で評判の高い裁判官が、なぜ?」

原告側は、以上を前提として、不当な差別が存在したと主張した。これに対し被告側は、答弁書・準備書面で以下のように昇給・昇格の基準を示している。

「弁護士任官者であっても、(中略)判事3号以上への昇給については、経験年数のほか、ポストや勤務状況等を考慮して、各高等裁判所の意見を聞いた上で、最高裁判所の裁判官会議において決定される」

この点について、原告弁護団の相原健吾弁護士は、「手続きの説明を形式的にしているだけで、実質に触れていない」と批判した。また、「被告の第一準備書面による認否の補充により明らかになったこと」として、以下のように、数値を基に疑念を指摘した。

相原健吾弁護士(10月1日 名古屋市内/訴訟事務局)

相原弁護士:「竹内元判事と同期(修習39期)以前の現職判事は32名いるが、現在はその全員が判事1号・2号と推測される。

竹内元判事の評価が他の裁判官と比較してずば抜けて低かったなどの相当重大な事情が認められない以上、この事実だけでも、不当な差別が存在するのは明らかだ」

齋藤弁護士も、弁護士からみた裁判官在任中の竹内元判事の仕事ぶりについて評した上で、疑念を示す。

齋藤弁護士:「竹内判事は弁護士の立場からみても(勝訴でも敗訴でも)納得感のある判決を書く裁判官だった。また、竹内判事が地裁で書いた判決は、高裁でも維持される比率が高かった。

さらに、竹内判事は仕事が早く、竹内判事が赴任した裁判所では、それまでに滞留していた事件がスムーズに処理されていくので、弁護士にとってありがたい裁判官との評判が高かった。

それなのに、給料を上げてもらえない、高等裁判所の部総括にも昇格しない。これほど有能な裁判官がなぜ、裁判所の中で評価されなかったのか、不思議に思っている」

次回、第5回期日は2026年2月9日(月)14時から名古屋地裁で予定されている。

配信元: 弁護士JP

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