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「50代で夫と愛犬を失って…」その後を生きる記者が始めた“喪の旅”とは

「50代で夫と愛犬を失って…」その後を生きる記者が始めた“喪の旅”とは

死別のあと、止まらなかった後悔。何気ない言葉にも傷つく日々

死別のあと、止まらなかった後悔。何気ない言葉にも傷つく日々
shige hattori / PIXTA

第1回は私自身の話。夫が亡くなった直後、自分がどのように暮らしていたのか思い出せない。食べて、寝ていたのだろうが。

死後のさまざまな手続きのなか、かかっていた大阪の病院に書類をとりにいく用事があった。病院に向かって歩く足元が不思議にふわふわし、前へなかなか進まない。遠く感じた。

病院の入り口に立つと夫の残像が見えて、苦しくてしゃがみこみそうになった。入院していた病室に夫が寝て待っているような気がしてならなかった。二度とこの病院には来られないなと思いながら、書類を手に帰った。

愛犬らんの散歩をしなくては。そうして坂道を歩いていると、自然と空を見上げていた。風のそよぎを感じる。

あ、この風のなかに夫の魂はとけているのかな。何かを私に伝えようとしているのかな。そんなことを思ったり、家の障子がカタカタと揺れると夫の気配を感じたり。なにか感覚が敏感になった気がした。

眠りはしばらく浅かった。きまったように朝4時には目が覚めた。もう、夫はいないんだ。朝がくると、思った。

そして繰り返し同じことを考えた。医療が進み、がんとつきあって生きる時代だといわれるだけに、なぜ夫はもう少しでも生きられなかったのかとくよくよしてしまう。
違う病院にかかっていたら? 別の治療をしていれば? 治療していなければ穏やかに過ごせたのか? 

正解はどこにあったのか。あれこれ考えてしまった。でも夫自身が治療を選び、全うしたのは大切なことだったと思う。

60歳を前にして死にゆくことを受けいれるのはどんなにか難しかっただろう。夫はどんなことを考えていたのか。どんな思いで日々過ごしていたのか。

もっと話をすればよかった。でも、話すことでこの世の別れを認めてしまうようで怖かったのかもしれない。

「この若さで亡くなるとは……」とよく言われた。傷つく言葉だ。夫はぎゅっと濃密な時間を生きたのだ。

でも、私が単身赴任していなければ。あんなにけんかしなければ。いや、私たちが結婚していなければ、彼はいまも元気でいるのではないか。出会わなければ、いまも彼は幸せにしているのではないか。私が大切な人を死なせてしまったんだ。

時をさかのぼって後悔が積もり、止まらなくなる。私はこれからの生涯ずっと悲しみのなかにいよう。それでいいと思った。

再起のきっかけになったのは、先に夫を亡くした、いとこの一言

再起のきっかけになったのは、先に夫を亡くした、いとこの一言
Graphs / PIXTA

ひとつ下のいとこは50代で夫を亡くした。現役の会社員でがんだった。その人の三回忌が過ぎたころだったが、私の夫が亡くなったことで初めていとことじっくり話すことができた。

「伴侶を亡くすとこんなにつらいんだって、経験して知ったんだよね。この気持ちはこれまでわからなかった。でもこういう人は世の中にいっぱいいて、ひとりひとりが悲しみのなかにいるんだとしたら、私も何かできないかなって思う。遺族会のお手伝いとか。だけど親の介護もあって、なかなか実際にはできなくて」

そう悔しそうに話し、いとこは続けた。「まみえちゃんはお仕事のなかで何かできるでしょ」この一言で私の心に小さな火がついた。

ちょうどそのころ、尊敬する詩人の詩語りの会におもむくと、その方から言われた。「まみえちゃん、竹久さんの死から花を咲かせてね。きっと咲かせることができる」

死から花を咲かせる。そんなことができるのか。私にはどんなふうに花を咲かせることができるだろうか。考えた。

思いついたのはひとつだった。それは取材して書くこと、伝えること。私たち夫婦は新聞記者なのだから。

配信元: HALMEK up

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