◆「もっと悪くなる未来」のほうが現実的…
過去の苦境の数々は「この問題点を取り除けば、なんとかなる」という希望の光がありました。狂牛病が制圧されれば、コロナの感染が終息すれば……どれもこれも何年かかるか分からなかったので、希望というにはあまりにもかすかな光でしたが、それでもゴールは見えていましたし、その要因以外はそこまで深刻な状況になっていなかったので耐え抜くことができたんです。しかし、現在起きている狂乱物価と長引く不況は、誰が何をすれば収まるのか分かりません。さまざまな要因が複合しまくっているので、簡単には解決しない。ひょっとしたら、これが「日常」として定着してしまう可能性もある。元の世界に戻る可能性より、もっと悪くなる未来のほうが現実的なんです。
もはや私の店が、牛肉を扱う業者が、といったレベルではなく、飲食業界全体、もっといえば、何かを仕入れて、それを販売するというビジネスモデルがもう限界を迎えているのかもしれません。すべての原価が高くなって、いつになったら落ち着くのかがまったく見えない。それでも庶民の給料は上がらず、可処分所得は減っていく一方。この状況で、長期的に経営を考えることなんて不可能ですよ。
◆ペットショップを開業しなくて良かった…
どんな商売にも「永遠」なんてありません。私はステーキ屋をはじめる前に、もうひとつ考えていたセカンドキャリアがありました。プロレスラー時代、熱帯魚を飼うのが好きで、しょっちゅう専門店に通っていました。ある日、店長さんと話しているときに、なにげなく「やっぱり好きなことを仕事にするのが一番ですよね。プロレスを引退したら私も熱帯魚を扱うお店をオープンさせてみようかな」と漏らしたところ、さっきまでニコニコしていた店長さんの顔色がサーッと変わりました。
「松永さん、悪いことはいわないから、それだけは止めたほうがいいですよ。ぶっちゃけた話、こんなにマニアックな店、まったく儲かりませんから。ウチだって、いつまで続くことやら……」
こちらは熱帯魚店の経営状況なんて分かりませんでしたから、その深刻な雰囲気に驚きました。その店長さんの言葉にウソはなかったと思います。もう、そのお店は潰れてしまって存在しないのですから……。
もう一軒、懇意にしているペットショップがありました。私がリングにワニを登場させるデスマッチを実現させようと動いていたとき、そのショップの店員さんがノリノリで「ワニならいくらでも貸しますよ! ウチも全面的に協力しますから、絶対に実現させましょう!」と約束してくれたのです。
しかし、いざ試合が近づいてくると、決定権を持つ店長さんが出てきて「ウチの大事な商品をプロレスのリングに上げるとは何事だ!」と烈火のごとく怒り、NGを出してきました。他にワニを貸してくれるところを探さないと試合ができないと困っていたら、その店長さんが「まぁ、ウチからワニを買ってくれれば、別に問題ないですよ。お客さまが買ったものを観賞用にしようが、プロレスのリングに上げようが、それはもうお客さまの自由なんでね」とニヤリ。
結局、私は8万円でワニを買い取り、デスマッチは開催されました。ちなみに試合で使用したワニは「飼いたい」という知人がいたのでお譲りしましたが、その後どうなったのかは私にも分かりません。この、私にワニを売りつけたペットショップも、今はもう存在しません。
あんなにたくさんあった熱帯魚を取り扱うお店が、数えきれないほど潰れていったのを見てきたことで、お店が続くということは決して当たり前じゃないんだと身に染みて分かりました。あのとき、勢いでペットショップを開業しなくて良かったと、しみじみ感じます。

