
定年後の暮らしを考えるとき、「自然の多い場所でゆっくり過ごしたい」と考える人は少なくありません。都市部の暑さを離れ、夏だけでも涼しい場所で過ごす――そんな老後の楽しみとして、避暑地の別荘に憧れを抱く人もいます。一方で、別荘は購入して終わりではなく、維持費や管理費など継続的な負担が発生します。理想の暮らしとして選んだはずの住まいが、老後の家計や生活に影響を与えることもあるのです。
退職金でかなえた「老後の夢」と別荘の維持費
「正直、後悔しています。でも、あのときは本当に夢だったんです」
そう話すのは、関東近郊に住む宮本さん夫妻(仮名・70歳)です。夫は会社員として定年まで勤め、退職時には約2,000万円の退職金を受け取りました。自宅の住宅ローンはすでに完済しており、夫婦の年金収入は月20万円台前半。大きな余裕があるわけではないものの、「節約すればやっていける」と考えていたといいます。
退職後、夫妻が選んだのは避暑地の中古別荘でした。都心から車で数時間。夏は涼しく、周囲には森や温泉地もある静かな場所でした。
「若い頃から、いつかああいうところで夏を過ごしてみたいと思っていたんです」
購入額は約1,400万円。リフォームや家具家電の購入なども含めると、退職金の多くを使うことになりました。それでも当時は、「年金と残りの貯金があれば問題ないだろう」と考えていたといいます。
購入後、夫妻は夏のあいだその別荘で過ごすようになりました。
朝、窓を開けると涼しい風が入り、昼間でも関東の自宅周辺のような暑さはありません。近くの直売所で野菜を買い、周囲の散歩道を歩く。夜は虫の声を聞きながら過ごす静かな時間がありました。
同じように夏だけ別荘を利用する人たちとも顔を合わせるようになり、夫は「老後の楽しみができた」と感じていたそうです。
しかし、その理想的な時間の裏で、少しずつ気になることも増えていきました。
最初に負担を感じたのは、別荘地の管理費でした。道路の維持や見回り、共用施設の管理などのため、毎年費用がかかります。さらに、固定資産税や火災保険、給湯設備の点検費用などもありました。
「使っていない時期でも、毎年お金が出ていくんです」
別荘に滞在している期間は数ヵ月でも、維持費は一年を通して発生します。
加えて、避暑地での生活には車が欠かせません。スーパーや病院、金融機関などは車での移動が前提です。ガソリン代や車の維持費も、当初の想定より負担になったといいます。
国土交通省『令和5年度 高齢社会に関する意識調査(高齢期の住み替えについて)』では、住み替え先に期待する条件として「買い物の利便性」や「交通の便の良さ」「医療機関へのアクセス」が上位に挙げられています。住環境の魅力だけでなく、日常生活の利便性が重要であることが示されています。
冬の管理が突きつけた現実
もう一つの誤算は、冬の管理でした。
夫妻は冬になると関東の自宅へ戻る生活をしていましたが、別荘を完全に放置することはできません。水道管の凍結防止や定期的な点検など、最低限の管理は必要でした。
「雪の時期は特に気を使いました」
また、年齢を重ねるにつれて夫の膝に痛みが出るようになり、長時間の運転も負担になっていきました。
「元気なうちはいいけれど、これをあと10年続けられるのかと思ったんです」
家計を整理すると、さらに現実が見えてきました。
総務省『家計調査(2024年)』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の可処分所得は月約22.2万円、消費支出は月約25.6万円で、平均すると毎月約3.4万円の赤字となっています。年金だけで生活する高齢夫婦世帯では、貯蓄を取り崩しながら暮らしているケースが少なくありません。
宮本さん夫妻も、年金だけで大きな余裕があるわけではありませんでした。そこに別荘の維持費や車の費用が加わると、将来の医療費や住宅修繕費まで考えたとき、不安が大きくなっていったといいます。
「夢をかなえたつもりでしたが、その後の生活まで考えきれていなかったんです」
そう振り返るのは妻でした。別荘を手放す話が出たとき、夫はすぐには納得できなかったといいます。
「せっかく買ったのに、もう手放すのか…」
それでも、将来の生活を考えると、このまま維持し続けるのは難しい――。二人はそう感じるようになりました。
最終的に夫妻は、避暑地の別荘を売却することを決めました。
「好きな場所と、持ち続けられる場所は違うんですね」
退職金2,000万円で手に入れた避暑地の別荘は、夫妻にとって長年の夢でした。ただ二人が最後に実感したのは、老後の楽しみには“憧れ”だけでなく、“続けられる余裕”も必要だということでした。
