◆突如として現れた眩しいネオン
その光源は、問題の男性の玄関に設置された巨大なネオンサインでした。赤や青の光が点滅し、そこには堂々と『なんでも買い取ります』と書かれていました。「最初、冗談かと思いましたよ。ここ、マンションだよなって」
外からマンションに目をやると、まるで街道沿いの買取業者のような風体に、住民は騒然となります。当然、古物商の許可などあるはずもありません。管理組合は最寄りの警察署に確認しますが、届け出は出ていないとの回答でした。
本人に話を聞くと、「使わない物を集めて、誰かの役に立てばいいと思った」と真顔で語ったそうです。
「悪いことしてる自覚は、まったくなかったですね」
苦情は爆発的に増え、投書箱は紙で溢れました。理事会でも「これはさすがに放置できない」と意見が一致します。しかし、直接撤去を命じれば、逆恨みされる可能性もある。そこで理事会が選んだのは、驚くほど静かな手段でした。
◆一通の手紙が老人の表情を変えた

差出人は架空の人物。「奥様と親しくしていた5階の住人」。内容は、奥様との思い出と、その人柄を丁寧に綴ったものでした。
〈奥様は争いを好まない方でした〉
〈今のネオンを、きっとお好きではないと思います〉
〈どうか一度、仏壇の奥様に聞いてみてください〉
「責める言葉は、一切入っていません。“思い出”に訴えただけです」
と振り返る山崎さん。
その手紙を投函した翌日、奇跡が起きます。あれほど眩しく光っていたネオンが、忽然と姿を消していたのです。数日後、管理組合宛に一通の手紙が届きました。そこには、乱れた文字でこう書かれていました。
「皆様にご迷惑をおかけしました。妻に叱られました」
山崎さんは、その文面を見た瞬間、胸が詰まったといいます。
かつては住人の間でも頼られ尊敬されていた人だったこの老人。その頃を思い出させる働きかけが功を奏した今回の騒動。高齢化社会と言われる昨今、同じ立場の人々の参考になるのではないでしょうか。
※令和6年版内閣府発行「高齢者白書」より
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営

