- 出身地 生まれも育ちも浪江町
- Uターンのきっかけ 避難指示解除
- これからやりたいこと 浪江町の暮らしに愛着をもってくれる人を増やしたい
「浪江町での暮らしが大好きです」と言い切る、吉田さやかさん。
生まれ育った浪江町の生家に2024年に帰還を果たし、現在はオリジナルブランドにんにく「サムライガーリック」の栽培と加工品販売、そして生家をリノベーションしたコミュニティ&ギャラリースペースを活用して浪江町の暮らし体験を提供しています。
次々と事業を広げていく吉田さんの原動力となっているものとは?胸の内を伺いました。
誇れる自然と歴史がある。心にあるのは、故郷の暮らしへの愛着

――ご出身が浪江町なのですね。
生まれも育ちも浪江町です。東京電力福島第一原発事故による避難で町を離れたあと、2020年に帰町しましたが、生家のある場所が帰還困難地域に指定されていたため、最初は別の住まいで暮らすことを余儀なくされました。生家を離れてからは、元の暮らしに戻りたいとずっと思って過ごしていましたね。
――生家の避難指示が解除されたのは、2024年3月だったとお聞きしています。
そうですね。戻れるとわかったときは、本当にうれしかったです。
生まれ育った家に戻ってからの生活は「楽しい」のひとことです。特に幸せを実感するのは、農作業をする時でしょうか。浪江町の空は澄んだ青色が特徴で、「浪江ブルー」と呼ばれています。一面の浪江ブルーの下、故郷の風を感じる心地よさは格別です。待ち焦がれた暮らしを再び手にできたことに、喜びを感じています。
――すばらしい自然の恵みがあるのですね。ほかにも、浪江町の好きなところはありますか?
一つは、地域が紡いできたストーリーのおもしろさです。生家は明治4年に建てられたのですが、古い写真や家財、甲冑などが今もあり、先代たちの歩みを現代に伝えてくれています。その歴史への誇りから、生家をリノベーションした「和坐」にて、浪江町の暮らし体験の提供を始めました。

吉田家代々の嫁入り道具として使われてきた漆器。暮らし体験において郷土料理を振る舞う時にも使用している
2階では、母の嫁入り箪笥(たんす)を活用した収納スペースに、吉田家代々の嫁入り道具の漆器を納めています。会津塗の椀など、ていねいに絵付けされた一点ものばかりです。これらの漆器を使って、地域の食を体験してもらっています。

3階は甲冑の展示スペースです。試着用のレプリカのほか、祖父が手づくりした甲冑もあるんですよ。これらのものから、脈々と受け継がれてきた地域の歴史の価値を感じてもらえたらと思っています。
「あるものを惜しみなさい」その言葉からつないだサムライガーリック

――吉田さんはにんにく栽培に力を入れているとお聞きしました。
そうですね。家族で経営する株式会社ランドビルドファームにて、オリジナルブランドにんにく「サムライガーリック」の生産・販売、そして加工品の製造販売を行っています。
にんにく栽培を事業として開始したのは2021年です。近年では、サムライガーリックを通年味わっていただけるように、黒にんにくへと加工した商品「サムライガーリック ブラック」や、オリジナルクラフトコーラ「サムライガーリックエナジーコーラ」の製造も行っています。
――元々にんにく栽培のご経験があったのでしょうか?
いえ、経験はなかったのですが、浪江町のために自分ができることを考えた結果、挑戦しようと決めました。
にんにくは、浪江町の暮らしには欠かせない食材の一つ。町には、英気を養う行事食としてカツオの刺身をにんにくと一緒に食べる慣習があります。カツオは「勝つ男」とかけたゲン担ぎの意味もあり、にんにくは滋養強壮を高めるスタミナ食であることから、大切な勝負ごとに臨む前の食事に好まれて選ばれていたのです。そんなエネルギーの象徴であるにんにくこそ、浪江町を活性化する事業としてぴったりだと思いました。
町外に避難していた頃は、浪江町のために何かできないかと、新しい取り組みをあれやこれやと考えていました。しかし、浪江町のとある方に言われた「あるものを惜しみなさい」という言葉にハッとしたんです。そこから浪江町にあるものに目を向けた時、たどり着いたのが「にんにく」でした。
――ブランド名に「サムライ」をつけたことにも、想いを感じます。
「あるものを惜しむ精神」を大切にした先にたどり着いたブランド名です。相馬野馬追に象徴されるように、浪江町はサムライ文化が息づく町です。地域で古い時代から紡がれ続けたストーリーが今につながっていることを表現しています。ほかの選択肢はあがらず、これしかないと思える名前ですね。
――サムライガーリックの特徴を教えてください。
栽培には、馬のたい肥を使っています。たい肥を含んだ土は驚くほどふかふかのやわらかさになり、おかげで粒の大きなにんにくが育ちます。また、馬のたい肥に含まれる有機物が、にんにくの味にいい影響を与えているようです。
浪江町を含む相双地域では、相馬野馬追に参加するため馬を飼い慣らす家が多く、馬との暮らしは原風景の一部でした。にんにくを馬のたい肥を使って育てることで、浪江町らしさを表現する意図もあります。

