
ルーツを語れる時代に
こんにちは。アンヌです。
テレビで観たミラノ・コルティナ冬季オリンピック。「りくりゅう」はもちろん、もう一人、印象に残った選手がいました。アメリカのアリサ・リウ選手です。はつらつとした演技が光り、とても魅力的でした。経歴を読んで思わず「え!」。母は匿名の卵子提供者、代理母を通じて生まれたと記されていたのです。こういうふうに公にできる時代が来たのかと心が明るくなりました。
時は1970年代の東京。アメリカ人の父を持つ私は、幼少の頃、外に出るのが怖い子どもでした。「外人」とののしられ、冷やかされることしばしば。ルーツを知られたらどうしよう。そんな思いを日々抱えていたのです。
そして80年代、小学6年の合唱コンクールでのこと。司会者にマイクを向けられた同級生の団長は、大勢の前で堂々と名乗りました。両親はベトナム人、自分もベトナム国籍だと。まぶしい姿でした。誰も冷やかさず、東京も少しずつ変わってきているなと感じた瞬間でした。
しかし今度は別の悩みが。中学2年の頃、母のフランス人との再婚で渡仏が決まると、「(在籍していた日本の)中学にはそう伝えないで」と私は懇願したのです。離婚や再婚はまだオープンにしづらい空気がありました。
いざパリの学校に入学してみると、そんな空気は一変しました。下校時に声をかけてくれたクラスメイトが、「今日はお父さんの家に行くの」と自然に言うのです。両親が別々に暮らす家庭は珍しくなく、「ステップファーザー(義理父)と出かける」「父の新しい恋人が来る」「ステップシスター(義理の姉妹)と住んでいる」といった話も日常茶飯事。80年代のフランスでは、多様な家族の形がすでに市民権を得ていたのです。人種やルーツをからかう子もいません。自分のバックグラウンドを胸にしまい込んできた私には、こうした環境が清々しく、大きな解放感を得ました。
90年代のある夏、大学生だった私はアメリカ東海岸の避暑地へ。祖母の古いサマーハウスにはさまざまな人種や国籍の人々が集いました。家族の形も実に多様。3度目の結婚を控えた人、前妻とその新しい夫と談笑する男性、独身生活を謳歌している人もいれば、長年連れ添う夫婦、事実婚のパートナー同士や男性同士のカップルも。白人女性同士のペアがコロンビアから来た小さな養女を連れている姿もありました。一目で血のつながりがないのはわかりますが、とてもオープン。アメリカでは卵子提供や代理出産といった生殖補助医療も選択肢として広がりつつある時代でした。
ふと思ったのです。あのコロンビアの少女は、いつか自分のルーツを知りたいと思うだろうか。そのとき、あの「ママとママ」はどう対応するのだろうと。
さて、21世紀。生殖補助医療の法制度は国によってさまざまです。日本でも一般化が進めば、提供者の匿名性と子どもの「知る権利」をどう両立させるのかは先延ばしにできない課題でしょう。子どもが自信を持ってアイデンティティを築くためには、ある程度の透明性も必要なのではと。それが私の実感です。
アリサ・リウ選手の生まれに驚いた私の「え!」に、16歳の息子は「は?」と呆れ顔でした。時代は確実に前へ進んでいます。せめて私も自分の倫理観をしなやかに更新していきたいと思いました。
*次ページではアンヌさんのおすすめ2冊をご紹介します

『タンタンタンゴはパパふたり』
文/ジャスティン・リチャードソン&ピーター・パーネル
絵/ヘンリー・コール
訳/辻󠄀かな子、前田和男
(1,650円/ポット出版)
ニューヨークのセントラルパーク動物園には、いろいろな生き物がいます。サルやガマガエルやオオハシなど。それぞれには家族もいます。ペンギンハウスでも、毎年オスメスのカップルが誕生。石で巣を作り、卵を産み育てます。その中に、仲睦まじいオスのロイとシロがいました。周りと同じように、2羽で巣を作り、卵の代わりに小石を温めてみますが……。さまざまな家族がそれぞれのルーツを語る時代にふさわしい、実話を元にしたハートウォーミングな一冊。その一方で、「同性愛を思わせる」として禁書の対象になるなど、2005年刊行(原書)当時より、議論を呼んでいるのも事実です。

『わたしたちをつなぐたび』
文/イリーナ・ブリヌル 絵/リチャード・ジョーンズ
訳/三辺律子
(1,980円/WAVE出版)
ある森の近くで、女の子は優しいお母さんと幸せに暮らしていました。しかしあるとき、ふと疑問がわきます。なぜ自分にはお父さんがいないのか、自分はどこから来たのか。お母さんに尋ねてもどこか気持ちが晴れません。そこで動物たちに尋ねて回ります。自分の出生を辿っていくうちに思いがけない出会いが……。家族とは。やわらかなタッチの絵と静かな語り口でそっと問いかける物語。壮大な愛は個々のアイデンティティを支えている。心洗われる感動作です!
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