そう語るのは、イギリス出身のプロゲーマー、Ryan Hartさん。SNSに投稿された、完璧な構図の蒸しパンの写真が話題になった。構図はもちろんだが、さらに驚かせたのは、「蒸しパン見つけましたぞ!!!!!」と日本語で綴られていたことだった。

◆蒸しパンとの出合いは「ゲーム人生を変えた瞬間」

Ryanさん(以下・同):初めて日本を訪れたのは1998年ですが、蒸しパンに出会ったのは、日本に来て1か月以上経ってからだと思います。
その頃、東京で開催されていた『Ehrgeiz(エアガイツ)』『Virtua Fighter(バーチャファイター)』『Tekken(鉄拳)』『King of Fighters(ザ・キング・オブ・ファイターズ)』の大会に出場していました。当時19歳で、UKチャンピオンではありましたが、日本では連敗続きで苦戦していました。
精神的にかなりきついし、お金もないし、言葉も分からないから、誰とも話せない日々。イギリスに帰ったところでホームレスだし、僕に残されたのはゲームだけ。本当にきつかったです。
ある晩、いつものアーケードでのセッションを終えて終電で帰宅する途中、いつものコンビニのパンコーナーを見て、たまたま、見慣れない菓子パンが目に入った。それが蒸しパンでした。
正直、最初は「MUSHI(虫)パン? コオロギでも入ってるんじゃないか」って疑いました。アジアでは虫を食べる国もあると聞いていたので(笑)。でもなんとなく惹かれるものがあって、チーズ蒸しパンを買ってみたんです。袋を開けてひと口食べた瞬間に、すべてが変わりました。
——どういうふうに変わったんでしょうか。
その頃は、あまりに負けが続いていて「ゲームを完全に辞めようか」と本気で考えていました。人生のあらゆることがうまくいかず、心も体もボロボロで、「日本に来たのは“現実を受け入れろ”という人生からのメッセージなのかもしれない」とさえ思っていたんです。
そんな時に出合ったのが、あの小さな蒸しパンでした。ひと口かじった瞬間、「あ、ちょっとだけ気持ちが軽くなった」と思えたんです。ふわっとして、甘くて、どこか優しくて、もっと食べたくなる味で。「大丈夫だよ」と言ってくれているみたいでした。
もちろん、一時的なものではあります。でも、その“少しだけ前向きになれる感覚”が、当時の僕にはすごく大きかった。「そうだ、僕は諦めるのが嫌いじゃないか」と思い出して、もう一度挑戦してみようと決めました。
その夜は本当にどん底でしたが、蒸しパンと向き合ったあの瞬間が、1日を少しだけ明るく塗り替えてくれました。頭の中を整理して、気持ちを落ち着かせて、「今日は悪い日じゃない。気づきのある日だった」と思えるようになったんです。
それ以来、蒸しパンを毎日の“ゲーミング・ルーティン”に取り入れるようになりました。
——イギリスに蒸しパンと同じようなパンはないのですか?
似たような蒸しケーキはありますが、まったく同じではありません。クリームが多すぎたり、チーズが重すぎたり、下にクッキー生地が敷かれていたりするんです。
それからは、日本に行くたびに蒸しパンを探すのが習慣になりました。ロンドンのJapan Centreやコンビニで見かけたら必ず手に取ります。いろんな種類を食べてきましたが、やっぱり思い入れのある“チーズ蒸しパン”が一番好きですね。
——SNSにも蒸しパンの写真を投稿されていましたね。
蒸しパンを“主役”にするために、構図はしっかり考えて撮りました(笑)。そしたら「構図が完璧」「ドローンで撮ったの?」といったコメントをたくさんいただいて、蒸しパンの魅力を広められたのが嬉しかったです。
僕にとって蒸しパンは、ただの食べ物ではありません。人生の中で大きな決断をしなければならなかった時期と結びついている、重要な思い出の一部なんです。その時に「どんなに不可能に思えても、ほとんどの場合は道がある」と教えてくれた存在でもあります。
◆「東京はロンドンと全く違う」日本が好きになり、日本語を猛勉強

きっかけはゲームです。キャラクターが必殺技を出すときに日本語で叫ぶのですが、当時は何を言っているのか全く分からなくて、逆にそれがどんどん面白くなったんです。アーケードでは日本人プレイヤーに意味を尋ねたりしていました。
『King of Fighters』にはキャラクター同士の独特な掛け合いがあって、「どないでっか?」「ぼっちぼっちでんな!」といった関西弁や、博多弁、沖縄の方言まで登場します。「なんだこの言葉は!?」と強く興味を惹かれました。
僕にとって日本語は、まず「響き」が魅力的でした。発音も独特で、リズムも面白く、英語にはない表現がたくさんある。「まったく違う世界がここにある」と感じて、そこからどんどんのめり込んでいったんです。

最初はロンドンの友人から教科書を借り、日本語を学んでいた交換留学生にアーケードで話しかけて、意味を聞いてはメモする……その繰り返しでした。その後、語学学校で基礎クラスを受講して、ひらがなは1週間、カタカナは1日で覚えました。集中して、夢中で学びました。
実は、日本に長く住んだことはありません。1998年の初渡航では7週間滞在しましたが、それ以降は長くても2週間〜1か月ほどです。
住んだ年数より、「どれだけ好きか」のほうが大きいと思います。僕は「日本語を話せるようになりたい」ではなく、「どうしても話したい」だった。それが短期間で習得できた理由だと思っています。
日本はイギリスとはまったく違います。ゲームに興味がなくても、日本を訪れる価値はあります。当時、ロンドンで抱えていた大きな問題から気持ちを切り替える良いきっかけにもなりました。
だから日本が大好きになりましたし、今でも日本語を勉強し続けています。日本語を学ぶことで、異なる文化・価値観を持つ人々の考え方を理解する助けにもなりましたし、その過程で自分自身を深く知るきっかけにもなりました。
——好きな日本語はありますか?
「七転び八起き」です。たとえ今がどん底でも、そこから“ベネフィット”を見つけられる。蒸しパンだって、つぶれてもまたふくらむでしょう? 人生もきっと同じだと思うんです。

