
日本人と実際に仕事をしてきた元米政府高官2人に、そのリアルな経験と彼らが抱く日本人像を聞いた。
◆日米交渉の現場で見えた日本人の特徴と文化の違い

◆初来日の衝撃
マロット氏が初めて日本を訪れたのは1969年。アメリカでは、日本に関する情報がほとんどなかった時代だった。羽田空港に到着すると、さっそく驚かされる出来事があったという。空港バスにバックカメラが搭載され、運転手が画面を見ながら後退していた。当時はアメリカでまだ一般的ではなかった技術で、マロット氏は強い衝撃を受けた。こうした体験に加え、アメリカでは見たことのない日本製品の数々に触れたことが、その後の人生や日本へのイメージに大きな影響を与えた。そんなマロット氏は、日本人の性格を「非常に細部にまで気を配り、控えめで間接的に意見を伝える」と表現した。一方で、アメリカ人の性格については「物事の全体像を重視し、細かいことはあまり気にせず、直接意見を述べる」とし、その違いを強調した。
日本人の交渉スタイルや意思決定のアプローチについて、マロット氏は「情報収集マシーン」と表現し、決断前に細部まで徹底的に確認する傾向を指摘した。
「日本人は、アメリカ人と比べると、決断が非常に遅い。それは、すべての情報を集めて精査し、多くの質問を重ね、何度も会議を行うためだ。多くの日本人がリスクを嫌うからだ」と話し、その結果、情報を分析しすぎて意思決定ができなくなる「分析麻痺」に陥る可能性があるとした。さらに、「決断するのを恐れるのは、それが間違っていたら批判されるからだ」とし、この姿勢はまさに「石橋を叩いて渡る」状態だと説明した。
しかしマロット氏によれば、こうした慎重さは、テクノロジーが絶えず変化する現代社会ではもはや通用せず、多くの日本人がよりリスクを取る傾向が出始めているという。

