◆息子の視線と父の決意
しばらくは「見なければいい」と自分に言い聞かせ、男性の行動を放置していた原田さん。しかし、車窓からの景色に夢中になっていた息子の様子が気になり、そちらに目をやると、息子も男性のノートパソコンに気づいてしまったようでした。チラチラと、何度も画面を盗み見ている始末です。幼いながらに、何か見てはいけないものが目に入り込んでくる、という状況に、正直戸惑っているようでした。原田さんは、必死に息子さんの気持ちをそらそうと試みたといいます。
「ねえ、大阪に着いたら何が食べたい?」
「ぼく、たこやきとお好み焼きが食べたい!」
息子と会話することで、男性の画面から注意をそらそうとしましたが、長くは続きませんでした。そして、ついに堪忍袋の緒が切れた瞬間が訪れます。男性が鑑賞している動画に、ぼかしが入っているものの、明らかに成人向けと言っても過言ではない映像が増えてきたのです。原田さんは、意を決して男性に声をかけました。
「すみません、子供もいるので露骨な動画は遠慮してもらえないでしょうかね?」
◆最後まで続く困惑、そして解放
原田さんの勇気ある一言に対し、男性は全く聞く耳を持たなかったそうです。顔を上げてニヤッと笑った後、冷たく言い放ちました。
その言葉に、原田さんはただただ唖然としてしまったそうです。
「法律に触れないなら何をしたっていいって、それは少しおかしいですよね。明らかにあれはアダルトムービーでした。でも、あの”ニヤリ”とした不気味な笑顔を思い出すと、下手に口論となって息子に危害が及ぶようなことがあってはいけないと思い、関わりをもつことをやめました」
それ以降も、さまざまな動画が繰り広げられ、原田さんと息子さんはひたすら我慢を強いられる新幹線乗車となったそうです。
男性は京都で下車し、原田さん親子はようやくホッと胸をなでおろすことができたといいます。しかし、新大阪までの十数分間だけしか、安らぎの時間は手に入りませんでした。公共の場でのモラルについて、改めて考えさせられる出来事だったように思います。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営

