法廷で闘い、舞台では笑いを取る――。現役弁護士のピン芸人・こたけ正義感。法律という一見堅苦しいテーマをネタに変え、長尺のスタンダップコメディ「弁論」で観客を沸かせる。「笑い」の道を選んだ男に、自身の“正義”を聞いた。

◆弁護士バッジをつけて歩む、芸道
戦後最大の冤罪事件「袴田事件」から、(※1)「生活保護」まで、現役弁護士ならではの切り口を生かした漫談「弁論」で、一躍注目を浴びたこたけ正義感。「社会派漫談」と見られることも多いが、本人はあくまで「『芸人』としてのチャレンジ」と語る。(※2)ロースクール(法科大学院)時代から彼を知る弁護士・(※3)三輪記子氏が聞き手となり、その半生と芸人哲学に迫った──。──こたけくんと会うのは、2か月前に大阪であったトークイベント以来やね。
こたけ:そうですね。元は僕が立命館大の法科大学院に通っていたとき、学内の勉強会に2期上だった三輪先生が教えに来ていたことが、出会いのきっかけでした。
──こたけくんは、私が担当していたゼミ生の中でも一番賢かったんですよ。勉強会でたくさんの学生を見てきたからわかるんです。あのとき履修していた男のコと付き合っていた女のコも、めちゃくちゃ賢かったよね。
こたけ:あー! よく覚えてますね、すごいな。僕、芸人の世界に入ったのは弁護士になってからで、そのとき相談したのも三輪先生でした。「ち〇こさえ出さなければ何やってもええんとちゃう?」と背中を押してもらえて、本当にありがたかったですね。

こたけ:昔から、親に何でも屁理屈で返す子どもで「あんたみたいなのは弁護士にでもなったほうがええわ」って言われていたんですよ。それを嫌みと思わず「向いてんのかも?」とストレートに受け取って、中学ぐらいから「弁護士になりたい」って言ってましたね。
――中学・高校と京都で、大学だけ香川に行ってるよね。
こたけ:そうですね。高2の終わりに進路指導の先生に名前の聞いたことがある大学名を出して「弁護士になりたいんですけど、どの大学がいいですか?」って聞いたら「よくわからんけど偏差値高いほうがいいんじゃない?」って言われて。「どこでもええってことやん」と全く勉強しなくなったんです。法学部があって、自分の成績でも受かりそうな国立大学として選んだのが香川大学。でも入学してみたら誰も弁護士を目指してなくて……。情報もなければ仲間もいない。司法試験って詰まるところ情報戦なのに、今思うと情弱すぎましたね。
──環境的に不利でも、諦めようとは思わなかった?
こたけ:一度も思わなかったですね。「できる」という根拠のない自信があったんです。
──その自信はどうやってつけていったん?
こたけ:ちっさいハードルを自分で設定して、それを越えることでほんまに弁護士になれるか実験していったんです。香川大って、自己肯定感がとてつもなく低い人が多かったんですよ。ロースクールも、法学部出身者向けの2年制コース(既修)と、それ以外の人向けの3年制コース(未修)のうち、僕の先輩は法学部なのに「自信ないから」って未修に行ってたんですね。そこで僕は「弁護士になるんやったら既修に受からなければ」とハードルをあえて設けていました。
◆司法試験も芸人も、目指す感覚は一緒
──小さいハードルを設けてクリアしていく感覚は、芸人になってからも一緒?こたけ:全く同じです。プロで売れるかどうかなんてわかんないから、まずは「養成所を卒業する」とか、手が届く範囲にハードルを設けて、そこだけを目指す。いきなり上を見すぎたら、心が折れるじゃないですか。

こたけ:長時間勉強する習慣がなかったことですかね。僕が接してきた範囲で言うと、東大や京大に受かってる人って地頭もいいんですけど、それ以上に受験ノウハウの蓄積がすごいんです。一日の総勉強時間の増やし方とか、息抜きの方法をよく知っている。僕はそれが全くなかった。勉強法の本を読んでみたり、情報集めから始めました。妻も三輪先生と同じく東大卒なんですけど、「写真みたいに教科書のページを覚えて、頭の中でめくりながら探していた」と言っていました。恐ろしい世界やなと(笑)。
──私も全部ガチガチに覚えるやり方で大学受験まで来たタイプ。でも、司法試験は覚える量が多すぎるから、通用しないんよね。
こたけ:僕も学部時代は、受験ノウハウの蓄積がないから、覚えたことがどこに整理されているのかがわからんままでした。でも、大学とロースクールに6年間通ったら、最後の最後に、ようやく自分が勉強していることを俯瞰しながら見られるようになったんです。それからは「法律で問題を解決する」ということを念頭に置きつつ、「適切な条文を探し出して、結論を出す」という作業の本質をどの科目でも実践していた。司法試験に関しても「本質」に重きを置いたら、全体が一気に整理されたんですよね。

