「HALMEK up アンバサダー」に就任したメイクアップアーティストのyoshikoさん。外資系ブランドの美容部員を経て50代で独立。自身の病気の経験も乗り越えた今だからこそ伝えたい、自分を好きになるためのメイクのヒントを紹介します。
「またお会いしましょう」闘病で知った言葉の重み
大阪でオトナ世代を対象としたメイクレッスンサロンを主宰しInstagram(@yoshiko_recoltemakeup)も人気のメイクアップアーティストのyoshikoさんは、52歳の時に病気を経験しました。健康診断で見つかった乳がんでした。
幸いにも早期発見で、手術のみで治療を終えることができましたが、この経験はyoshikoさんの人生観を大きく変えるきっかけとなります。
「『またお会いしましょうね』っていうのは、本当にまた会いたいと言える言葉なんだなって思ったりとか……」。
当たり前のように交わされる挨拶に、かけがえのない重みを感じるようになったと、yoshikoさんは静かに語ります。
検査結果を待つ間、自分はもしかしたら「死」に近いレベルの病を抱えているのかもしれない、と考えた日々。
その不安を乗り越えた今、年齢を重ねることそのものが、とても尊いことだと感じるようになりました。

「街ですれ違うお年寄りの方を見た時に、『この人たちすごいんだな』って本当に思って。年齢を重ねるということは、すごいことなんだなって」。
健康に年を重ねられることへの感謝。それが、エイジングをポジティブに捉え、メイクを通して多くの女性を勇気づけるyoshikoさんの活動の原点にあるのです。
憧れの外資系美容部員から、ブライダル業界、そして独立へ

子どもの頃からメイクが好きだったyoshikoさん。お母様の数少ない化粧品をこっそり使っては、リップをチークにしてみるなど、誰に教わるでもなく夢中になっていたと言います。
その探究心は、シュウウエムラのメイクアップスクールへと繋がり、外資系化粧品ブランド「エスティ ローダー」のBA(ビューティーアドバイザー)としてキャリアをスタートさせました。
しかし、当時の顧客層とのジェネレーションギャップに悩み、一度はコスメの世界を離れます。

「やっぱりお化粧品を紹介するのは楽しかったな」。
その思いを胸に再び門を叩いたのが、憧れの外資系化粧品ブランド「クリスチャン・ディオール」でした。
ディオールではBAとして約13年勤務。最後の5年間は、全国の百貨店イベントなどで活躍する「メイクアップスペシャリスト」チームの一期生として、メイクの技術をさらに磨き上げました。
その後、結婚と出産を機に退職。子育ての傍ら、知人の紹介でブライダル業界へ。花嫁さんのご親族のメイクなどを担当し、幸せの瞬間に立ち会う仕事にやりがいを感じていました。
しかし、お子さんの急な体調不良で仕事を休まざるを得ない日々に、「このままでいいのだろうか」と悶々とするように。その葛藤が、自身のサロンを持つという独立への道を開くことになったのです。

