◆“今年のお父さん”みたいな人が何人も
――奴隷的な働き方に加え、ご家庭では暴力もあった。岳野めぐみ:殴る、蹴るは普通にありました。「うちのご飯を食べるな」ということもあり、仕方がないので自分の給料からご飯を買ったりもしていましたね。それから今振り返ると精神的にくるのは、家に水商売の人が入れ替わり同居していることですよね。誰の子どもかわからない子を身ごもっている女性とか、彼氏のDVから逃れてきた女性とか。それから母は男性も年単位で変わるので、“今年のお父さん”みたいな人が何人もいました。当然、別で彼氏もいます。
――休まらなそうな家庭ですね。
岳野めぐみ:母のことが好きで家に出入りしている男性のなかに、居候の女性にベタベタする人がいたり、あるいは私と2人きりで食事をするおじさんもいたり……。とにかく異様な雰囲気だったと思います。当時は「こんなもんか」と思っていたけれど、小学校高学年から中学生くらいになると「おっぱい大きくなったか」と触ってくるおじさんもいて。普通に気持ちが悪かったですね。
――高卒と同時に、ご自宅を出る。
岳野めぐみ:ええ、母によそで就職したい旨を伝えたら、もう使えないと判断されたみたいで。「それなら出ていきなさい」と。当時、2個上くらいの大学生と交際していたので、少しの間だけでいいので身を置かせてもらえないか頼んだのですが、彼氏が消極的で。そのとき「年上で頼れると思ってたけど、案外男性は頼りないな」と残念に思いましたね。
◆彼氏は裏切るけど、仕事は裏切らない
――彼氏に断られて、住み込みの、いわゆるリゾートバイトをされたとか。岳野めぐみ:そうです、リゾバ自体は高校時代に実家の焼肉屋が休業する年末年始などに経験がありました。実家での働き方を経験しているので、外で働くほうが楽で、しかもきちんと報酬をもらえるのが嬉しくて。「これだけの労働で月40万円ももらえるんだ」と感動したのを覚えていますね。彼氏は裏切るけど、仕事は裏切らない――というような考え方が定着したのも、この頃かもしれません。極端に言えば、「金しか勝たん」みたいな。
――しかし27歳で結婚されていますよね。
岳野めぐみ:はい、確かに結婚しているんですが、正直に言えば、当時は愛情というものがよくわかりませんでした。あの頃は銀座の女将をやっていて、そこの板前さんと結婚したんです。求婚されたとき、ちょうど彼に外務省の公邸で料理を作る仕事が入って。私は銀座の店が居心地が良かったので随行したくなかったんです。ただ、フランスなら行きたいなと思っていたところ、フランスに行けることになったので結婚しました。「自分も結婚すれば、愛情がわかって、真人間になれるかも」という期待もありました。
――“愛情”がわかるようになったのは、もっと先ですか。
岳野めぐみ:そうですね。フランスで大統領の交代があって、外国人の就労について厳しくなり、私は労働が禁止されたんです。働くことは今も昔も生き甲斐なので、いよいよフランスにいる理由がなくなり、帰国しました。もともとアニメ好きだったこともあり、一念発起して秋葉原のメイドカフェで働くなどしているうちに、オタクサークルを立ち上げ、アニソンイベントを取材し始め、そこで仲間の必要性などを学んだ気がしますね。

