吉本隆明や大島渚、竹中直人、豊川悦司・・・
二人の作品は、漫画業界以外の人たちにも大きな影響を与え、論評されるようになった。
白土さんの作品は63年、「思想の科学」で取り上げられたのを皮切りに、さまざまな雑誌で特集記事が組まれ、漫画を一つの芸術文化として論じる「マンガ評論」のきっかけとなった。
つげさんの作品についても67年以降、しばしば雑誌などで「つげ義春論」が交わされた。「不条理マンガ」「シュール漫画」などとも呼ばれ、心理学者の福島章さんや河合隼雄さんらも分析に加わった。「無能の人」(新潮文庫)のあとがきは、思想家の吉本隆明さんが書いている。
二人の作品の映像化に取り組んだ人も多かった。大島渚監督は67年、『忍者武芸帳』を映画化、「白土ブーム」に拍車をかけた。2009年には崔洋一監督による実写映画『カムイ外伝』もつくられた。
つげ作品では、NHKの敏腕ドラマディレクターの佐々木昭一郎さんが76年、「紅い花」を制作、国際エミー賞優秀作品賞を受賞した。俳優の竹中直人さんは91年、監督・主演で「無能の人」を映画化、ヴェネツィア国際映画祭で 国際批評家連盟賞。俳優の豊川悦司さんはテレビの「つげ義春シリーズ」で「退屈な部屋」などを監督、ギャラクシー賞を受賞した。「網走番外地」シリーズで大ヒットを飛ばしたベテラン映画監督の石井輝男さんも晩年、つげ作品に入れ込み、「ゲンセンカン主人」や「ねじ式」を撮っている。
「最高の漫画家」の栄誉
ところが二人は、ある時期から新作を発表しなくなった。つげさんは70年代以降、次第に寡作になり、87年の『別離』が最後の作品とされている。その後は「静かな生活」を続けていたらしい。白土さんも『カムイ伝』を未完のままで中断、房総半島で自給自足に近い生活を送っていた。
そして最晩年、二人に大きな違いが起きる。つげさんは2017年、第46回日本漫画家協会賞大賞を受賞。20年には欧州最大規模のマンガの祭典とされる第47回アングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞。さらに22年には日本芸術院会員に選ばれた。
日本芸術院は、美術・文芸・音楽・演劇など芸術各分野の優れた芸術家を優遇顕彰するために設けられた国の栄誉機関だ。
この年、芸術院に新たに「マンガ」などの新分野が設けられ、つげさんと、ちばてつやさんが選ばれた。2022年2月22日の朝日新聞のデジタルによると、文化庁は、つげさんが推薦された理由について、発表資料で以下のように記している。
「人間存在の不条理や世界からの疎外を垣間見せる『文学的な』表現によって、自己表現としてマンガを捉える青年たちに絶大な影響を与えた」
「美術と文学の世界からも高い評価を集め、その作品を読み解く試みを誘発してマンガ評論の発展にも影響を及ぼした」
「まさに『芸術』としてのマンガ表現において日本を代表する作家」
つまり、日本の漫画家の中で最高位の人、だとしている。推薦に関わった外部有識者の中に、かなり強烈につげさんを推す声があったことがうかがえる。
一方、白土さんには晩年、大きな受賞歴はない。声がかからなかったのか、それとも内示は受けたものの何らかの理由で辞退していたのか――。
文化勲章などでも、過去に辞退した人がいたことは知られている。