◆謎の空予約が相次ぎ、資金は火の車に
必死になって新たな業者を見つけ、開店からしばらく経ってようやく看板メニューを揃えることができた。そうして客足も伸び始めた矢先、さらなる悲劇が襲った。「悪質な空予約が何度も入るようになったんです。用意した高級食材はすべて廃棄。運転資金はあっという間に底をつきました」
犯人が誰かは明白だった。人が良く、恨まれた経験がない伊原さんは、恩師だと思っていたオーナーの執拗な悪意に精神的に追い詰められていく。
「厨房に立っていてもぼんやりしているような状態でした。オーダーが入っても提供まで時間がかかるようになって、味が落ちていたことにも気づいていないみたいで……」
◆たった1年で閉店の憂き目に
前の店からの常連客も一人、また一人と去っていくことに。開店資金を出資してくれた社長も離れていってしまった。「ある時にアルバイトの子がお皿を割ってしまったことがあったんですが、自分は激昂して怒鳴りつけてしまったんです。普段ならそんなことで怒らないんですが、このままだと店が潰れるというプレッシャーからくるストレスが溜まっていて……それをぶつけてしまった感じでした。それでその子は辞めてしまったんですが、心底自分が嫌になってしまい……。もう人を採ろうとも思えませんでした」
そうしてオープンから1年も経たずに店は閉じることに。手元に残ったのは、借金だけだった。伊原さんは返済のために建設業界に移ることにした。
「オーナーにとって、店の生命線とも言えるシェフの独立は許し難い『裏切り』だったんでしょう。親身に相談に乗っていたのは、弱みを握り、一番効果的なタイミングで刺すためだったんだと思います」
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「応援するよ」と言って微笑んでいた笑顔の裏で、人をおとしめる算段をしていたのかと思うと、いまだにおそろしく思うという。
<TEXT/和泉太郎>
【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め

