◆武道館を“伝説”にしたアーティストたち
その後、さまざまなアーティストが武道館のステージに立ち、数々のいわゆる“伝説のライブ”が開催されたことで、コンサート会場としての「聖地」化がすすんでいく。日本人としてはザ・タイガースが、1971年に日本人アーティストとして初の単独公演を解散ライブとして開催。当時ビートルズのコンサートを客席で見ていたメンバーがステージで歌うという夢物語を実現した。
ソロでは75年に西城秀樹が実現。78年には人気ロックバンド、チープ・トリックの『チープ・トリックat武道館(Cheap Trick at Budokan)』という武道館でのライブを収録したアルバムがヒットしたことも、日本武道館の知名度を世界的に大きくあげた。
武道館を代表するアーティストの一人といえば、着飾ったファンたちが武道館の客席でいっせいにタオルを放り投げる光景があまりにも有名で、公演回数最多を誇る矢沢永吉だ。
藤井フミヤが年越し公演を長年にわたって行ったり、RCサクセションや松田聖子なども印象に残る武道館コンサートを開催、そしてBOOWYは、「ライブハウス武道館へようこそ」という曲中で氷室京介が放った名言を残した。
そのようないくつもの“伝説”とともにライブの聖地化、多くのアーティストやアイドルにとっての憧れの場所化が進んでいった。
会場内に掲げられた国旗もまた、武道館の神聖さを大きく印象づけているかもしれない。
日の丸の下のステージで歌う姿は、今でいえば「映える」というか、なんともいえない説得力がある気はする。
◆実際にステージに立ったアイドルの声

今も多くのバンドやアイドルが「いつかは武道館に」という目標を掲げる。もちろん、その先に「いつかはドームで」といった夢を持つ人も多数いるだろう。
ともあれ、日本武道館はやはり聖地。そこに実力で立つのは本当に至難のわざで、限られた人だけだ。
今回話題を集めたイベントも、“選ばれた”アイドルだけがその場に立てたはずである。出演したアイドル自身は、たとえ1組5分といった短い時間でも武道館のステージに立つという夢が叶ったことで、ファンと共に満足していたように見受けられる。
当日武道館のステージに立ったアイドルグループのひとつ、カンロヂのリーダー、御影コトラさんは、「武道館の品位を下げたとされるご意見については何も言えないです(笑)」としたうえで、イベント当日をこう振り返ってくれた。
「私たちカンロヂにとって、あの日の武道館はファンの皆とメンバーの大切で素敵な思い出です。それ以上でもそれ以下でもありません。自分たちのファンが武道館の客席から声を届けてくれた。本当に幸せな5分間でした。ホリエモンのバックダンサーについてはノリノリで参加してました(笑)」

イベント自体が、志願者の「武道館でアイドルフェスをやりたい」という夢のために出資を募り実現させたものである。
出演者を含め、その夢自体は純粋なものであるものの、その夢を出資者たちのお金の力で実現させたようなかたちに捉えられたこと、そして出資者サイドもステージで気持ちよさそうに歌う姿は、たしかにそこだけ切り取られたら、前出のコトラさんが言うように「聖地の品位を下げた」と受け止める人も多かったことはよくわかる。
もしこれが東京ドームや横浜アリーナを借り切ったイベントなら、また別の反応になったのかもしれない。
そこはやっぱり「武道館だから」、ということに尽きる。日本武道館とは、唯一無二の存在感を放ち続ける場所。そういうことなのだろう。
<取材・文/太田サトル>
【太田サトル】
ライター・編集・インタビュアー・アイドルウォッチャー(男女とも)。ウェブや雑誌などでエンタメ系記事やインタビューなどを主に執筆。

