◆熊を追い払ったあと、仕込み作業に取り掛かる

九死に一生を得た宮木さんは、店内に戻り開店の準備を続けたのだ。
「傷からは血が止まらないし、体は痛いしでしんどかったけど、開店時間が迫っていたし仕込みをしなきゃ、と思って」(宮木さん)
見上げたプロ根性だが、その光景を目の当たりにすれば、誰でもびっくりせずにいられないだろう。
「おいっ、どうしたんだ!」
ほどなく店にやって来たオーナーの佐々木剛さんは、血のあふれる傷口をおさえながらスープを煮込む宮木さんを見て、驚きの声を上げた。事情を聞いた佐々木さんはすぐに救急車を呼び、宮木さんは病院に搬送された。
当然ながらお店は臨時休業。宮木さんは病院で12針を縫う治療を受けた。右目上の傷からは骨がのぞいていたという。
◆Tシャツを作り、さらには鉄製の柵を設置

「もちろん売り上げ的には痛かったけど、無理はさせられない。ピンチをチャンスに変えよう、と考えた」
という佐々木さんが宮木さんに贈ったのが、「熊に勝った男Tシャツ」。今でこそ落ち着いたものの、お店再開直後には、“熊に勝った男”見たさに訪れるお客も少なからずいたそうだ。佐々木さんはさらに、外へとつながる通路にン十万円かけて鉄製の柵を設置。安心して仕事ができる環境を築いた。
ちなみに、岩手県では先述した北上市など一部の自治体が相次ぐ熊出没を受けて温泉施設なども対象に含めた熊対策の補助金支給を始めたが、青森県では農地以外の個人の店舗や住宅に対する補助金制度は実施されていない。青森県内では冬眠時期であるはずの1月から目撃例が報告されていて、今年も市街地を含めて熊の脅威にさらされることが予想される。県や自治体では熊対策費を増額させた新年度予算を組んでいるが、場合によってはさらに進んだ対策が必要になるかもしれない。
ところで、宮木さんが遭遇した熊は、体高が1mほどだったいうからまだ子熊だろう。それでも力勝負で人間が勝てる相手ではない。幸運にも対峙した熊を撃退できた宮木さんは、それだけでも“勝った”といっていいだろう。
「(熊との格闘は)30秒もなかったんじゃないかな」と宮木さんは振り返るが、おそらくもっと短かったはずだ。死を覚悟した恐怖の時間は実際より長く感じたに違いない。
「俺も殴ったけど、人間のパンチじゃ追い払うまでいかないよね。とにかく、出会い頭にならないこと。外に出るときは、必ず周囲を確認してから出る。それしかないと思うよ」(宮木さん)
出かけるときは忘れずに、である。
<取材・文/加賀新一郎>
【加賀新一郎】
1964年、東京都生まれ。フリーランスのライター&エディターとして総合月刊誌、経済誌、ボクシング雑誌、歴史雑誌などの分野で活動。さらに出版社勤務を経て、2022年に青森県弘前市の相馬地区(旧相馬村)に移住し、3年間、当地の地域おこし協力隊として勤務する。退任後も弘前市に居住し、取材・執筆活動を続けている。

