
“小沢菜穂”は、若き日に何を思いセクシー女優を辞めたのか。そして月日が流れ、なぜ再び表舞台に立ち始めたのか。秘密のヴェールに覆われてきた、彼女の素顔が今明かされる。
◆デビューをしたのは、事務所に就職するための足掛かりだった

「その呼ばれ方、嫌なんですよ(笑)。なんだかしっくりこないんですよね。私としては、セクシー女優を“やらせていただいていた”という感覚なので……」
――謙虚ですね(笑)。もともとどういったきっかけでデビューをしたのですか?
「渋谷にいるときに『セクシー女優のスカウトですが』と声を掛けられたんです」
――ぼかすこともなくハッキリと。当時としては珍しいような気がします。
「ね(笑)。向こうも『もしよかったら……』みたいな姿勢だったので、私もノリで『お話聞きます』と。どんな話をされたのかはあんまり覚えていないんですけど、1~2週間くらい考えてからデビューを承諾しました」
――葛藤はなかったのですか?
「私、その頃はフリーターだったんですよ。学校を卒業した後で、入社予定だった就職先が潰れてしまったんです。だから普通の仕事に就きたいという気持ちが強くて。1本出演したら、その後は事務所で社員として働かせてくれないかな~と思っていたんです。つまり、就職の足掛かり(笑)」
――予想外のデビュー秘話です。
「でも、本当に何本か撮ったら辞めるつもりでいたんです。ただ、6~7本目くらいになってくると、すっかり環境に慣れてしまっている自分がいて。そのままズルズルと続けて、気が付いたら25歳になっていました」
――この業界は想像していたよりも居心地が良かった?
「というよりも、自分がやれることをただ頑張っていたという感覚です。社会のことを何も知らなかったので、『セクシー女優も世の中にたくさんある仕事のひとつなんだ』と思えた気がします。でも、その分この仕事に対する偏見など、やってみなければわからないことも多かった。人として成長させてもらった部分もあったと思います」
◆引退したのは、早く“母親”になりたかったから

「本心を言うと、早く“母親”になりたかったんです。とにかく子育てがしたかった!」
――好きな人がいてその人の子どもを産みたいとか、そういうことではなく?
「全く違います(笑)。でも幸運なことに、引退してからすぐに妊娠することができて、翌年に娘を出産しました。そこからはずっと母親業がメインの人生。早坂ひとみちゃんとお店をやったりはしていましたが、子どもと一緒にいることが第一でした。もちろん生活のために仕事はしなければいけなかったけれど、あくまでも母親としての比重が大きかったです」
――引退後は小沢菜穂としては一切何も発信していませんでしたよね。
「そうですね。SNSもやっていなかったし、表舞台に出ていこうとも思わなかったです。本当に子育てに対して前のめりでしたね。PTAもやっていたし、親同士の交流も積極的にしていましたよ」
――元セクシー女優であることが周囲に知られるかもしれない、とは思いませんでしたか?
「思いました。でも、それで怖がって閉じこもるのは違うかな、と。結果、嫌な思いをすることも、子どもへの影響もまったくなかったです。もしかしたらみんな知っていたのかもしれないけど、周囲の人たちはずっと優しくしてくれていました」
――2024年7月に『FALENO』で17年ぶりの復帰を発表。なぜこのタイミングだったのですか?
「娘の義務教育が終わった頃から、だんだん母親としての出番がなくなっていくわけですよ。高校生にもなれば、子どもには子どもの世界ができて、ちょっとずつ親から離れていく。それで、冗談70%ぐらいの気持ちで『復帰したらどうなるのかな?』って周りに相談するようになったんです。正直、仕事なんかもらえないと思っていました。年齢が年齢でしたからね(笑)」
――復帰することに対しての抵抗感はなかったのですか?
「初めてのことではないので、それは全くなかったです。復帰に賛否両論があることは承知の上。自分の人生ですしね。『子どもが知ったらどう思うの?』という声もあるとは思いますよ。でも、それも私と娘だけの話じゃないですか。娘が私のことを理解してくれれば、それでいいことなんです」
――娘さんは小沢さんの仕事のことはご存じなのですか?
「今の子は大人ですからね。知っていても、あえて私には言わないでいてくれるのかもしれません。復帰の前に『私は私の人生楽しもうと思う』とだけ伝えたのですが、『いいんじゃない。特殊な母親だし』と返ってきました(笑)」
――娘さんとの関係性は良好なのですね。
「はい。娘が通っている塾の先生から聞いたのですが、『うちの母は何をしても生きていくパワーがある、たくましい人だ』と言っていたそうなんですよ。これには泣きましたね。娘は私にべったりというタイプではないし、絶対に尊敬なんてしていないと思っていたので……。娘には本当に『ありがとう』のひと言です」

