◆「戦争反対」投稿を批判する人の言い分とは?

これは主に「保守」的な考えを持つ人たちによるものです。ここでカギ括弧をつけたのは、主にネット上で自らをそう位置づける人々の空気感を指しています。そして、「保守」こそが大人である、という論理から、リベラル的な考えを批判していいと早合点している人たちのことでもあります。
今回の件で「戦争反対」に反対する人たちの声には、こうした「保守」の問題点が凝縮されているように感じるのです。
爆笑問題らが所属する芸能プロダクション「タイタン」の太田光代社長のケースが象徴的です。とことん率直な言葉で意見を表明したにもかかわらず、批判にさらされたからです。ただ平和を願う純粋な思いからの投稿だったにもかかわらず、一部のネットユーザーから特定の政権批判だととらえられたことに、驚きを隠せない様子でした。
「戦争反対と声を挙げることがなぜダメになったの」という太田氏の言葉は、この異様な現状を如実に表しています。
◆「『戦争反対』を訴える人は現実が見えていない」という主張
では、「戦争反対」に反対する「保守」の言い分はどうでしょうか。ネット記事へのコメントやSNSへの投稿からは、次のような傾向がうかがえます。それは、「戦争反対」には国際情勢へのリアリズムがない、というものです。
“日本の周辺には危険な国がたくさんある。ただ「戦争反対」のスローガンを繰り返しても意味がない”とか、“「戦争反対」はみんな同じ気持ち。しかし憲法九条を維持していれば日本は戦争に巻き込まれないという考え方はお花畑と言わざるを得ない”といった意見に集約されるでしょう。
つまり、「戦争反対」は理想論であり、そこに異を唱える自分たちほどには現実が見えていない、もしくは見ようとしていない、という立場です。
こうした声から、「戦争反対」は中身のない理想論に過ぎず現実はそんなに甘くないという考え方があることがうかがえます。つまり、「戦争反対」を訴える人たちは子どもであり、自分たちはさらにその先を見据える大人である、という構図を描いているわけですね。
自らを“責任を持つ大人”という立場だと自認しているから、太田光代氏に対しても「特定の政権批判をしている」といういちゃもんをつけてくるのです。

