「この後、18時までには保育園に子どもを迎えに行きたいんです」
ある日の正午、都内で取材が終わった後で、その場に同席していた男性が発した言葉に一瞬、耳を疑った。「お迎えで仕事を上がるため」ではない。その男性――吉岡茂樹さんが、東京ではなく大阪に住んでいたからだ。たとえ出張中であっても「家庭の締め切り時間」を死守するのは、吉岡さんが家事と、6歳になる娘の育児を担う「フリーランス兼主夫」であることによる。

大学卒業後は広告代理店など計3社に8年ほど在籍し、ウェブ広告のデータ分析などを行っていた。28歳のとき妻の妊娠が発覚。育休を取ったことをきっかけに将来を考え直し、’24年4月からフリーランスに転身した。女性の場合、育児と仕事の両立を考慮して正社員からフリーランスへと転身するケースはしばし聞くが、男性が同種の選択を行うことは珍しい。どのような試行錯誤を経て、現在のスタイルに辿り着いたのかを聞いた。
◆「ワーキングタイム」以外は家事に邁進

「掃除、料理、洗濯、遊び、お風呂と寝かしつけなど、全ての家事と育児はお互いワンオペで引き受けられるようにしています。妻が仕事やプライベートで家を空ける時もありますが、いつも苦もなく家事と育児をしています」と語る。

◆育休を取得して得た「キャリアブレイク」

「転職先での担当領域がそれまでの担当業務とかけ離れており、それまでの経験を思うように活かせませんでした。仕事がうまく行かず、社内の人間関係も次第にギスギスしてきてしまいました」
当時は深夜残業も当たり前。27歳で結婚したが、ワークライフバランスが取れないのが悩みの種だった。
「当時は、企業が自社広告を出稿する際の最適な出稿プランを検討したり提案したりする業務が中心でした。そのためには一定水準に至るまで事例をリサーチしたり、人に話を聞きに行ったりしなくてはいけません。納期が近付けば、徹夜でクライアント向けの説明資料を準備することも少なくありませんでした。広告業界は、スピード感を持って仕事を提供することも求められる。質量ともに求められる環境の中で、猛烈に働いていました」と振り返る。
仕事量にも人間関係にも思い悩んでいた頃、妻に「本当はどう生きたいの?」と聞かれたことを機に、対話を通じて相手の目指すべき地点を引き出す「コーチング」を知った。その後、妻が出産し、1年間の育児休業期間を取得したことを機に、自身もコーチングについて学び始めた。このキャリアブレイク期間が、結果として生き方を変える転機になったという。
「人の相談に乗る以上、まずは自分自身の価値観を明確に把握できていないといけません。それで自覚したのは、自分は『顔の見える相手を助ける姿を子どもに見せたい』という思いがあるということ。特に規模の大きな会社ほど、一つの案件に関わる関係者の数が増え、自分が誰を助けているのかが見えにくくなってしまう。それよりも顔の見える相手を助ける姿を見せられたほうが、子どもに胸を張れると思いました」

