◆18歳のときに出産を経て、70キロに突入
――あみさんは昔から身体が大きいほうでしたか?あみ:10代のころから周りの女子よりぽっちゃりではありました。水泳をやっていた関係で肩幅もあり、胸も大きかったものですから。だいたい50キロ前後の女子中高生が多いと思うんですが、10代の頃の私は50キロ後半くらい。18歳で一人目の旦那との第一子を出産し、70キロに突入しました。
――けっこう複雑な家庭で育ったと、事前にお聞きしていましたが……。
あみ:そうですね。中学卒業と同時に一人暮らしを始めて、当時は定時制高校に通いながら働いていました。ちなみに最初の旦那とは出産後わりとすぐ別れています。
◆“ぽっちゃり不毛の地”で狭く深い需要にハマる
あみ:10代後半から20代前半にかけては、女性専用エステや指圧マッサージ店、スナックなどの飲み屋と、いろんな仕事をしました。私の指圧の施術は「体重がしっかり乗っている」と、男性客からわりと好評だった記憶があります。25歳で名古屋・錦のラウンジで働き始めるまでは、ずっと70キロ台でした。――ぽっちゃり系に特化したラウンジで働いていたんですか?
あみ:私以外はみんなモデル体型でした。名古屋ってぽっちゃり店が育ちにくい土地柄で、現在に至るまで名古屋のぽっちゃりは虐げられており、大阪や東京へ出て行く人も多いです。最近もぽっちゃり系の店ができたと思ったら、すぐに潰れていました。
――それはまたなぜ……?
あみ:自動車工場などで働いている男性が多く飲みに来るので、周りの目が気になるみたいです。もちろん、なかには堂々とぽっちゃり好きを公言する男性もいますが、少ないです。
――横の繋がりが強くて本音を出しにくいと。
あみ:あと、名古屋は“三大ブス”みたいな風評があって、女性と飲むお店とかはスタイルで勝負しがちなんですね。盛り髪で頑張っていたキャバクラとかもありましたけど、着物姿のママがいるようなラウンジなどは基本的にはモデル体型がウリで、実際にモデル出身の女性もけっこう働いていました。
――あみさんは数少ないぽっちゃり枠だったんですね?
あみ:深く狭い需要にバチコーンとハマって、たくさん飲み食いさせてくれる太客はできやすかったです。錦のお客さんって同伴で寿司とかしゃぶしゃぶとか、やっぱり良いものを食わせてくれるので、5〜6年で90キロ後半まですくすく育ちました。定番はしゃぶしゃぶの「木曽路」でしたね。

