2015年に放送された『中年純情物語~地下アイドルに恋して~』、その続編として2017年に放送された『その後の中年純情物語』は、中年男性の「キヨちゃん」がアイドルに夢中になる姿を追ったもので、異色のドキュメンタリーとして多くの視聴者の心を打った。今でも伝説の神回と言われている名作だ。この放送で「キヨちゃん」が夢中になったアイドルが当時、「カタモミ女子」というアイドルグループに所属していた小泉りあ(当時は小泉りりあ)だった。
当時、小泉は何を感じてアイドル活動をしていたのか。その後の彼女にはどんな変化があったのか。『ザ・ノンフィクション』の放送だけでは知ることができなかった小泉の想いを語ってもらった。(全2回の1回目)

◆声を掛けてきた人物の正体は、まさかの…
――そもそも、なぜアイドル活動を始められたのですか?小泉りあ:当時、私は茨城県から東京の大学に通っていました。もともとは歯医者さんでアルバイトをしていたのですが、大学3年の時にそこを辞めて新しいアルバイトを探していたんです。そんな時に渋谷で「仕事を探してますか?」って声を掛けられました。ちょうどアルバイトを探していたので、神様が現れたって喜んで(笑)。これがSOD(ソフトオンデマンド)のキャッチの人でした。
――カタモミ女子はSODの企画だったんですよね。SODがどんな会社かは知っていましたか?
小泉りあ:いや、全くわからず……。仕事を探してくれるって言ってるので、いい人だなって。仕事内容としては、渋谷にあったお店でお客さんから指名されたら、「カタモミ」をしたり会話をする。そうすればお金がもらえるというものでした。アイドルとして活動をすると聞いてましたが、最初は自分がアイドルという実感はまったくなかったです。あくまで店内でのみの活動だと思っていました。アルバイトを始めるとすぐにグアムに連れて行ってもらってAKB48の『ポニーテールとシュシュ』のMVが撮影された場所で、オリジナルソングのMVを撮影することになります。私はセンターで踊りました。これには予算が1000万円かかったと聞いています。グアムまで行かせてもらえるなんて、めっちゃいいアルバイトだなって思いました。時給も1000円で当時としては悪くなかったと思います。
◆周囲の反応は芳しくなかった

小泉りあ:もちろん当時はAKBやももクロが人気だったので、見てはいました。ただ、話を聞いた段階では、あくまで店内だけのアイドルだと思っていて、自分がアイドルになったつもりはまったくなかったんです。そもそも人前に立つことも興味がありませんでした。
――当時、友達や両親など周囲の反応は?
小泉りあ:SODがどんな会社なのかを理解をしていなかったので、会社の話はしていませんでした。ただ、グアムに行ってお金がもらえるアルバイトなんて絶対にやばいよ、危ないよって心配されました。親からはなんて言われたかは覚えていないのですが、少なくとも応援はしていなかったと思います。

