◆普通に就職するのが物足りなかった
――仕事としてのやりがいはどう感じていましたか?小泉りあ:アルバイトなんで、楽しいとかやりがいがあるとかは考えずに、淡々とこなしていたと思います。グアムから帰国すると、20人くらいが辞めてしまって、私を含めて5人くらいしか残りませんでした。正直、私もみんなから「危ない」と言われていたので、辞めたいと言ったら、「せっかくグアムまで行って頑張ったんだし、義理みたいなものは何も感じないの」って言われて、「そうですよね……」と答えるしかなかったです。ずっと辞めたいと思っていたのですが、明確に「ノー」と言えないまま、グダグダといることになりました。ただ一方で、私はこのまま大学を卒業して普通に就職するのも何か物足りないと感じていて、そこで学校は1年休学をすることにします。その理由として、親には「カタモミ女子を頑張ってみたい」と説明しました。特別にやる気があったわけではないのですが、自分の自由な時間の言い訳に使ったんです。親は自分でお金を払うならいいよと納得してくれました。
――休学してアイドル活動に対する意識は変わりましたか?
小泉りあ:いや……。あまり(笑)。やっぱり辞めたいって思ってました。アイドルとして笑顔でいることに、「なんで楽しくもないのに笑わないといけないの」って思っていたし。アイドルらしくしろって言われることにも「なんで私のままじゃいけないの」って言い返していました。
◆ファンがストーカー化することも
――その後、カタモミ女子は活動の場を渋谷から秋葉原に移すことになります。小泉りあ:秋葉原では「カタモミ」をする場所の上の階にライブスペースもあって、そこでライブをすることになります。私は「カタモミ」の売り上げは高かったんです。人の話を聞くのって今も好きで、お客さんの仕事のことや趣味の話などを聞かせてもらうのは、すごく楽しかったです。ただ、そのお客さんをライブに誘おうとは思えませんでした。他のメンバーは、「カタモミ」のお客さんをライブに誘うってやり方だったのですが、私はそれがうまくできなかったんです。だからアイドルとしてのファンは、しばらくはゼロ。他の女の子にはアイドルとしてのファンがいましたが、私はファンがいないことが辛いとも思いませんでした。
――カタモミ女子のコンセプトは他のアイドルと比べて、ファンとの距離が近いですよね。何か嫌な経験などはありましたか?
小泉りあ:ストーカーみたいなことは珍しくなかったです。今から考えると自分の振る舞いもよくなかったなって感じるところがあります。勘違いをさせるようなこともたくさん言っていたと思います。スタッフさんからファンに夢を見させる立場だと言われていたのですが、その意味をはき違えていたところもありました。
――ストーカーというのは、実際にどんな被害にあったのですか? お店を出たら待っていたり……。
小泉りあ:そうですね。気づいたら、家の近くでまだついてきていて。スタッフさんに相談をしたら、そんなファンをどう扱うかも仕事のうちだみたいに言われて。当時はそういう時代だったんです。他のメンバーも同じような悩みは抱えていたと思いますし、そんなことが原因で辞めていった子もいました。また、あるメンバーは矢面に立ってくれて、「これ以上、いじめるなら、それは好きとは違う」って言ってくれたこともありました。すると今度はその子がいじめの対象みたいな感じになってしまったり。

