◆「アイデア区長」「人情家」内山榮一氏の狙いとは

内山元区長は上野の重要文化財「旧東京音楽学校奏楽堂」の保存や、あの「隅田川花火大会」の復活など多種多様な文化活動に携わり、独創的な施策から「アイデア区長」とも呼ばれた人物である。そして、その元区長の采配によって低迷〜復活期の浅草に出来上がったのが、浅草伝法院通り商栄会であった。ここでどんなやり取りがあったかは区・商栄会の双方に記録がなく、想像に依るしかない部分が大きい。
恐らくは露天商を杓子定規に立ち退かせてしまうより、たとえ法的にグレーであっても浅草独自の商業文化を温存する方が、それが人を呼んで地域振興のためになると元区長は判断したのではないだろうか。また、商栄会側は土地使用料を支払う意志を見せていたが、これについても元区長は「そんなもんはいらない」と断ったと言われている。必ずしも豊かではない店主達の生活に配慮したと思われ、人情味を感じさせるエピソードだ。
その後の商栄会を含む浅草エリアの復権と、歴史・文化・国籍が交錯する観光地としての大発展はご存じのとおり。内山榮一氏は1991年に引退、2007年に台東区名誉区民となり、2012年4月に100歳で逝去。その後すぐの2014年から商栄会の不法占拠問題が表面化してきたのは、皮肉な時代の移り変わりを感じさせる。伝法院の塀に沿うようにして営業する小さな路上店舗は、人影が減って寂れつつも新時代へ向けて力を溜めていた「昭和の浅草」の名残なのだ。
ともあれ、浅草伝法院通り商栄会は2026年7月で見納めだ。店舗が撤去された後の場所がどう活用されるかは分からないが、客足の多さや商業的ポテンシャルを考えると、只の道路としてそのまま放置というのも勿体無く思える。例えば適切な道路使用許可を取ったうえで、移動式の路上販売やキッチンカーを並べる方式などはイケるかも知れない。これからは台東区と地域が仲良く協力しながら、もちろん合法的な形で、新旧・聖俗併せた「令和の盛り場」としての利用が望まれる。
<TEXT/デヤブロウ>
【参考書籍 ※敬称略】
中田和昭『写真で歩く 浅草の昭和 残像の人情時代』彩流社(2009年)
【参照サイト】
伝法院通り“不法占拠訴訟”退去で「和解」 浅草寺周辺で営業の32店舗、数十年の歴史に幕 (TOKYO MX)
浅草寺“真横”に「不法占拠」32店舗、約40年“黙認”も…なぜ、いま裁判に? 揉める“きっかけ”となった「元区長」鶴の一声 (弁護士JPニュース)
「軽々と考えてはほしくない」存続危機の浅草商店街 区に署名1万筆を提出 (日刊スポーツ)
浅草商店街存続危機「そんなもんいらない」44年前アイデア区長ひと言発端 (〃)
今では「1年中お祭り状態」の浅草にも≪戦後の低迷期≫があった。そこから”一大インバウンド観光地”になるまでをアナログ写真で振り返る (東洋経済オンライン)
―[東京“不法占拠”をめぐる旅]―
【デヤブロウ】
東京都在住。2024年にフリーランスとして独立し、ライター業およびイラスト業で活動中。ライターとしては「Yahoo!ニュース」「macaroni」「All Aboutニュース」などの媒体で、東京都内の飲食店・美術館・博物館・イベント・ほか見所の紹介記事を執筆。プライベートでも都内歩きが趣味で、とりわけ週2〜3回の銭湯&サウナ通いが心のオアシス。好きなエリアは浅草〜上野近辺、池袋周辺、中野〜高円寺辺りなど。X(旧Twitter):@Dejavu_Raw

