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唯一無二の品種「甲州」【三澤彩奈のワインのある暮らし】

唯一無二の品種「甲州」【三澤彩奈のワインのある暮らし】

JR中央線勝沼ぶどう郷駅の桜が例年よりも少し早く満開となりました。山梨県の甲州市勝沼町は、日本ワイン産業発祥の地として知られます。私自身もこの小さな町で生まれ育ち、菱山という名の地区に位置する勝沼ぶどう郷駅から見渡すブドウ畑一帯は、私の原風景でもあります。

線路沿いの桜の園は、菱山地区に根ざす農家の長男たちによる「甚六会」が植え育てたことにちなみ、「甚六桜」と名付けられています。甚六桜と、桜に託された甚六会の想いを私たちは誇りに思っています。

三澤彩奈
美しく咲き誇る甚六桜

明治初期にワイン造りが始まって以来、勝沼町は、現在も40社ほどのワイナリーがひしめき合う、まさに日本のワイン産業のメッカとなっています。勝沼町の中でも最も標高の高い場所に位置する菱山地区は、古くから白ワイン用ブドウの産地として尊ばれてきました。ワイン造りにおいては、原料となるブドウの風味がそのままワインの味わいに表現されます。菱山地区の入り組んだ地形や複雑な土壌は、ワインに本質的な個性を与えています。

24年前、畑の特徴的な個性をワインに表現するため、グレイスワインは産地別仕込みの甲州『甲州 菱山畑』を造り始めました。勝沼町随一の、南アルプス(赤石山脈)の美しい稜線を眺めることができるこの地区を、先代たちがどれだけ愛してきたかを思うと、産地をワイン名とすることへの責任の重さを感じます。

三澤彩奈
菱山地区

丘陵地が多く、平地の少ない山梨県では、お米に代わり、古くからブドウなどの果樹栽培が盛んでした。『ぶどう酒物語』(山梨日日新聞社)によると、1936年には、山梨県に3014場もの醸造所が存在していました。当時の95%以上が淘汰(とうた)され、山梨県のワイナリー数は現在90社ほどに落ち着いています。

中でも、山梨で生まれ育った醸造家にとって、なくてはならない存在が甲州ブドウです。山梨県で生産されるワインの約半分を占めるのが、この甲州ブドウから造られる白ワイン「甲州」です。フランス・ブルゴーニュの造り手たちが、シャルドネやピノノワールを自らの土地の品種と誇り、イタリア・トスカーナの造り手たちが、サンジョベーゼ以上の品種は存在しないと思うように、私たちにとって、甲州は自らにしみついたルーツとも言える品種です。1923年に創業したグレイスワインの初ヴィンテージも甲州から造られたワインでした。子供の頃、父に連れられて通ったブドウ畑で、陽に透けた甲州ブドウの房がとても美しく映えていたことを思い出します。

三澤彩奈

甲州ブドウは、遠く南コーカサスで発祥し、中国大陸を渡って日本にたどり着きました。仏教とともに伝播し、1000年以上の歴史を持つ品種と言われています。日本に伝来した当初、その甘味が滋養強壮に向くとされ、薬園栽培とともに国内に広まっていきました。現在の山梨県が果樹栽培に適した扇状地だったため、県内で甲州が長らく栽培されることになったのだと想像します。

甲州のように1000年を超える歴史を持つブドウ品種は、海外でも多くありません。近年、ブドウの遺伝子研究の第一人者、後藤奈美博士の研究成果により、その謎めいた素性が明らかになってきました。甲州の生まれは南コーカサス地方、ワイン専用品種の血統を持ちます。多くのワイン専用品種(ヴィティス=ヴィニフェラ)がヨーロッパに伝播したのに対し、日本に伝わった甲州は、日本の風土や文化に適合するような形で、長い歴史を生き抜いてきました。

白ワイン「甲州」は、繊細ながらも凛(りん)とした品の良さを持ちます。アルコールは低めで、溌剌(はつらつ)とした酸が印象的です。和食のユネスコ無形文化遺産登録や、世界的な白ワインブームの追い風を受けて世界から注目を集めるようになり、世界的権威とされるイギリスのワイン雑誌「Decanter」が主催するワインコンクールで認められたことを皮切りに、グレイスワインも15か国に輸出されるようになりました。時流に乗るかのように、甲州は世界のワイン用ブドウ品種の中でも注目株となっていったのです。

今年3月、鶴岡工業高等専門学校より講演のご依頼をいただき、山形県鶴岡市に行ってきました。鶴岡市の西荒屋地区では、250年ほど前から甲州が栽培されています。講演前、甲州の古木を見たいと申し出たところ、農家さんが「骨董(こっとう)品だ」と笑いながら案内してくださいました。甲州は、山梨に限った品種ではありません。ドイツのラインガウや、アメリカのカリフォルニアでも栽培され、素晴らしい白ワイン「甲州」が生まれています。

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山形県鶴岡市の甲州の木

2022年にイギリスで開催された甲州とのフードマッチングの大会で、甲州は、サバやスズキを使ったお料理とのペアリングが好評価を得ています。甲州は生魚との相性も良く、山梨のすし店には甲州が並びます。一方で、魚にこだわらなくても、鶏肉や豚肉と白ワインを合わせることもよくあります。

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準グランプリのスズキとルバーブを使った料理

ご家庭で簡単にできるお料理として、昆布をベースにした出汁と甲州を使った「ワインしゃぶしゃぶ」はいかがでしょうか。昆布出汁と甲州を8:2で作ったスープに、豚肉や旬の野菜をくぐらせて楽しみます。家庭では料理酒の代わりにワインを使うこともあり、地元ではワインは身近な存在です。今、山梨では山菜の季節を迎えています。ワイナリー一家の食卓では、山菜の天ぷらと甲州が定番です。

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ワインしゃぶしゃぶ

フランスに留学していた20年前、甲州を「incomparable」(唯一無二)と表現してくださった方がいました。挫折を味わうことも少なくなかった留学時代、自分自身を、何千何万というブドウ品種の中で健気に個性を放つ甲州に重ねることがありました。私にとって、甲州の魅力とは、歴史やユニークな味わいの個性だけではなく、その伸びしろにあります。やってみなければ分からないことがたくさんあるという甲州のポテンシャルが、私を前へ前へと進ませてくれています。

・ワインとノンアルコールの未来【三澤彩奈のワインのある暮らし】

配信元: marie claire

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