今回は、仕事帰りに乗車したタクシーで経験した“コミュニケーション”疲れについてのエピソードを紹介します。
◆仕事帰り唯一の「聖域」だったはずの車内
都内の中堅出版社に勤務する細川さん(仮名・35歳)は、最近、激務の波に飲み込まれていました。配属された旅系情報誌の部署は、社内でも期待の新星。WEB記事のインプレッション数がすべてという風潮もあり、スタッフ全員が異様な熱気でデスクにしがみついているといいます。
「定時なんて概念、今の部署には存在しませんね。みんな『もっと面白いネタを』と必死なんです。さすがに徹夜は禁止されていますが、終電を逃すのは日常茶飯事ですよ」
そんな細川さんにとって、深夜のタクシー帰宅は唯一の「休息場」でした。
重いカバンをシートに放り込み、静寂の中で目を閉じる。自宅までのわずかな時間が、すり減った精神を回復させる聖域となっていたのです。
しかし、先日の夜、その平穏は一人のドライバーによって無残に打ち砕かれました。

◆始まりは「退屈でしょ」という優しい問いかけから
タクシーが夜の都心を走り出して間もなく、ハンドルを握る70代後半とおぼしきシニアドライバーが、柔和な声で話しかけてきました。「お客さん、こんな時間までお仕事? 退屈でしょ。よければ少しお話ししませんか」

疲れ果てていた細川さんは、強い拒絶感を示す気力もなく、「あ、はあ……」と曖昧な返事をしてしまったといいます。しかし、これがすべての失敗の始まりでした。
「僕の曖昧な返事を『快諾』と受け取ったんでしょうね。そこからは、まるでダムが決壊したように、そのおじいさんドライバーの独演会が始まったんです」
語られた内容は、ドライバー自身の波乱万丈な半生でした。若かりし頃の結婚式の思い出から始まり、かつて経営していた会社が倒産した際の大苦労。話題は脈絡なく飛び火し、聞いている側を置き去りにして加速していきました。

