◆延々と続くまるでAMラジオのような語り
細川さんを最も疲れさせたのは、ドライバーの「確認作業」だったといいます。話の区切りごとに、ドライバーは必ずルームミラー越しに細川さんの目を見て、こう尋ねてきました。「ね、今の状況、伝わります? 苦労したんですよ」
「無下するのも申し訳なくて、『あ、はい……』と相槌を打つしかありませんでした。すると相手はますます乗ってきてしまって。話題は孫の成長記録から、近所のゴミ出しトラブルまで、延々と続きました」
その口調はブツブツと独り言のようでもあり、まるで深夜のAMラジオから流れるお悩み相談を強制的に聞かされている気分だったと細川さんは振り返ります。
本当ならば「静かにしてほしい」とはっきり告げるべきでしたが、細川さんは元来、人当たりが良く断れない性格。結局、環七を曲がり、自宅の街灯が見えてくるまで、一秒の空白もないノンストップの自分語りに付き合わされることになったのです。
◆「乗らなきゃよかった」と後悔するも時既に遅し
ようやく目的地に到着し、支払いの段になった時、ドライバーは急に申し訳なさそうな表情を浮かべてこう尋ねてきたそうです。「……お客さん、やっぱり迷惑でしたかね?」
その寂しげな問いかけに、細川さんの「断れない性格」が再び顔を出してしまいました。喉元まで出かかっていた不満を飲み込み、結局「いえ、大丈夫ですよ」と引きつった笑顔で答えてしまったのです。
「車を降りた瞬間、ドッと疲れが押し寄せてきました。休息するためのタクシーだったのに、仕事より気を遣ってしまって。本当に『乗らなきゃよかった』と心から後悔しましたよ」
以来、細川さんはタクシーを利用する際、あえて若いドライバーの車を選んで乗るようになったといいます。深夜、煌々と光る「空車」の文字を見つけても、そこにシニアドライバーの姿が見えると、つい一歩引いてしまう。
「あのおじいさんには悪いですけど、僕が必要なのは、話相手ではなく静寂なんです。自分の優しさが仇となる夜は、もう二度と御免ですから」
苦笑いしながら語る細川さんの帰路は、今日も少しだけ慎重な「ドライバー選び」から始まっているといいます。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営

