◆ポストに届いた一通のメモと消去した“証拠”
気まずい空気のまま別れた1週間後、事態はさらに深刻化します。工藤さんが仕事から帰宅しポストを確認すると、そこには宛名のない封筒が入っていました。中には、お向かいの主人からの手書きのメモが残されていたのです。「『カメラの録画範囲がどうしても気になるので、一度モニターで確認させてほしい』という内容でした。それを見た瞬間、背筋が凍る思いでしたね。もし今見せたら、嘘をついていたことがバレて、それこそ修復不能な関係になると思ったんです」
ビビってしまった工藤さんは、その日の夜、脚立を持ち出して必死にカメラの角度を調整しました。さらに、それまで蓄積されていた録画データもすべて削除。万が一「以前はどうだったのか」と詰められた際、証拠が残っていないように隠滅を図ったのです。
「自分でも卑怯だとは分かっていました。でも、引っ越してきたばかりで『監視魔』だと思われるのは、今後の生活を考えるとどうしても避けたかったんです」
◆払拭できないわだかまりと冷え切った「ご近所付き合い」
後日、工藤さんは重い腰を上げ、お向かいの主人を自宅に招き入れました。調整済みのモニター映像を見せると、確かにそこには向かいの敷地は映っていません。主人は納得した様子でしたが、過去の録画データが空であることに気づくと、露骨に不審な表情を浮かべたといいます。「『設定ミスでデータが消えてしまったんです』と苦しい言い訳をしました。主人は『そうですか』とだけ言って帰っていきましたが、あの時の疑いの眼差しは今も忘れられません。結局、それ以来お向かいとは最低限の挨拶を交わすだけの、冷え切った関係が続いています」
工藤さんは、高性能なカメラを導入したことを後悔しているわけではありません。ただ、導入時にプライバシーへの配慮を怠ったこと、そして最初のボタンを掛け違えたことが、これほど長く尾を引くとは思っていなかったと語ります。
「自由設計の家で満足感は高いですが、お向かいの窓に明かりが灯るたびに、どこか監視されているような、落ち着かない気分になるんです。鉄壁の防犯カメラは、泥棒は防げても、隣人との心の壁までは防いでくれませんでした」
理想のマイホームを手に入れた工藤さんですが、その胸中には今も、消去したはずの録画データのように「空白」のわだかまりが残り続けています。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営

