「買春者を処罰する法律」に関する議論が法務省の有識者検討会で進んでいる。背景には、売春防止法が抱える構造的な問題や、性売買をめぐる社会認識の変化などがある。
いまのところ、耳に届くのは「処罰化しても需要はなくならず、アングラ化するだけだ」「当事者の自己決定権や生活基盤を無視している」といった声だ。
そうした中、「当事者不在の立法がどんな悪影響を及ぼすのか。私たちはAV新法の教訓を忘れてはなりません」と警鐘を鳴らすのは、前参議院議員の音喜多駿(おときた しゅん)氏(日本維新の会)だ。同氏は、2022年のAV新法成立にあたり、日本維新の会として法案提出者・賛同者に加わり、法案審議に関わった。
「買春者の処罰」という流れに対しては、懐疑的な立場だ。
国家は個人の「性」にどこまで介入できるのか…。(ライター・中山美里)
「北欧モデル」の教訓から「禁止」よりも「管理」を
朝日新聞などの報道では、売春防止法の改正議論では「買う側」を処罰する北欧モデルを導入することで性搾取をなくすべきだという主張が展開されている。
議論の根底にあるのは、6〜9兆円規模と推定される性産業という巨大な産業で「人が商品として扱われているのではないか」との倫理的な問いだ。
人権保護の観点から一見、正しいようだが、他方で社会的な隔離と排除に他ならないという問題点も指摘されている。
――SNS等でも「買春者処罰」への懸念を強く発信されています。処罰化が進む現状をどうみていますか?
音喜多氏:「現在、世論的には『売買春の防止』と『さまざまな刑事事件の問題』が一致したものとして捉えられ、『被害者の救済』といった視点から『買春者』を処罰しようという流れが進んでいます。
しかし、単純に『買う側』を処罰するというアプローチには多くの問題をはらむのではないかと私は危惧しています。
たとえば、先行して導入された北欧諸国の事例(北欧モデル)では、結果として、売買春の根絶ではなく、地下潜行化が加速しました。セックスワーカーが犯罪者や無法者により被害に遭う事例が増え、しかも、セックスワーカーは警察に助けを求められなくなり被害が深刻化したという報告が多数あります。
もう一点、現実的な懸念があります。それは、非合法売春組織などが『買春者』処罰法を逆手に取って、美人局のようなハニートラップを仕掛けたりするリスクが高まることです。法改正が、善良な市民を狙う新たな犯罪ビジネスを作り出してしまう皮肉な結果を招きかねません」
――売買春を規制すること自体に対しては、どのようにお考えでしょうか。
音喜多氏:「現在の売春防止法が売春する側と買春者する側では不均等であるという意見には、ある程度の理解をしています。しかし、管理売春も個人間の売春も一つの法律の網にかけるとすれば、それは国民の自由の規制につながってしまうのではないでしょうか。
現在ある売春防止法は、管理売春を規制する面が強く、そこに対する罰則も重くなっています。私は、現状の売春防止法の枠内で、人身取引に繋がるような人権を無視したものを取り締まることができるため、売春についての罰則はこれで十分なのではないかと感じています」
「売買春」自体は、本来個人の自由意思によって行われるものであり、そこについて規制すること自体が人権問題であるという考え方もある。というのも、個人がどのような性生活をもちたいかといったことは、非常に個人的なことである。
人は他者の権利や公共の福祉を侵害しない、が前提の上で政治的思想やどの宗教を信じるか、どこに居住するか、どのような職業に就くかといった自由が保障されている。売買春を国が規制することは、個人の自由を侵害しているのかといった論点での疑問が浮上する。
国家は「個人の性行為」に介入すべきではない
――売買春と個人の自由の問題については、どのようにお考えでしょうか。
音喜多氏:「売買春を含め、個人が性行為をどのように行うかについては、できる限り自由であるべきだという考え方もあります。もちろん未成年者の買春は、別途厳格に規制すべきことは言うまでもありません。
男女間だけでなく、他の性の組み合わせを含めて、自由意志で性行為を行う…その中に性の売買が含まれる場合においても、できる限り自由に委ねるべきではないかという議論があります。
その前提に立てば、自由意志が阻害される場合…たとえば、詐欺や脅迫といった行為を伴う性の売買については、そこを取り締まることに注力するのがもっとも合理的な方法ではないかという見方もできます。
そもそも性の売買も個人と個人の契約であり、そこに国家が介入することの是非は、改めて議論の俎上に載せてよいテーマかもしれません。
いわゆる『最古のビジネス』とも言われるように、自らの意思と判断に基づいて対価を得るという行為を、国家がどこまで規制すべきかという点については、一考に値する論点ではないかと思います」
なぜ近年の立法は現場感覚とずれてしまうのか
――AV新法をはじめとする近年の立法の中には、現場感覚とのズレを感じるという指摘も多いです。
音喜多氏:「この流れの一番の危険性は、『被害者が可哀想だからなんとかしてあげなきゃ。加害者を厳しく処罰しよう』と感情が先行した形で、立法がされてしまう点です。特に、議員立法で成立したAV新法には同じ側面があります。
最近のホスト関連の議論に関しても同じ傾向を感じます。被害者だけでなく、例えば、ホスト産業というもう片方の当事者の意見を充分に聞かないままに、規制の網を張ってしまうと、ホスト産業だけでなくそこを取り巻く業界さえもアングラ化してしまう、大量の失業者が生まれてしまう…といったように被害の方が大きくなってしまう危険性があります。AV新法はそれが顕著でした」
AV新法では、出演者の権利保護を強化したことにより、事業者に重い負荷がかかり、安全な撮影現場に新規参入がしにくくなったといわれる。その結果、一部の同人AVや個人撮影などルールを守らないアングラ撮影へ仕事が流れるという事象が起きているという指摘もある。
音喜多氏:「多くの政治家は、ホスト産業や性産業の関係者と実際に会ってヒアリングをするということに抵抗感があると感じます。しかし本来は、丁寧な聞き取りが必要な問題です。現場で行われている実務や実態を知らずに法律を作ったり、改正したりすることは、新たな被害を招きかねません。
アップデートの方向性は、現実社会と法律のねじれを解消することにあるはずです。AV新法での反省を踏まえた、立法や改正が求められています」
「被害者救済」といえば聞こえはいいが、同時に関連産業側をないがしろにしてしまえば、「正義感」はゆがみ、そのしわ寄せはないがしろにされた側にのしかかることになる。
「買う側が悪い」といえば一見正しそうに思える。だが、ともすればそこに介在する個人の自由意志や経済的自立を否定することにつながり、多様な生き方を認める社会のあり方に逆行しかねない。
「北欧モデル」のような、売買春の根絶といった理想を目指すのではなく、労働環境の整備と権利保障といった現実的な管理を整える。いいか・悪いかの二元論でなく、多様な視点で解決策を模索する。そうした弾力のあるアプローチが、結果的に本当の「被害者救済」につながるのではないだろうか。
■音喜多駿
1983年東京都北区生まれ。海城中学校・高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループ社員を経て、2013年東京都議会議員に(2期)。19年日本維新の会から公認を受けた参院選東京都選挙区で初当選。
■中山美里プロフィール
1977年、東京都生まれ。一般社団法人siente代表理事の傍ら、性風俗や女性の生き方などを中心に雑誌、WEBで取材・執筆を行う。性風俗関連の著書多数。

