夢が悪夢へと変貌
しかし、物珍しさで訪れた客が一巡すると、店の賑わいは半減します。Aさんの草野球の懇親会には利用してくれますが、月に1、2回程度。売上は思うように上がりません。
そんなある日、閉店後の店に空き巣が入る事件が起きます。売上のお金が少なかった腹いせか、店内はめちゃくちゃに破壊されていました。ソファは切り裂かれ、食器は割られ、大型テレビの画面には亀裂が。
そして、なによりもAさんの心を折ったのは、店に飾ってあったサインボールでした。それほど金銭的な値打ちのあるものではなくても、いまは亡きスター選手が遺してくれた大切な宝物。そのボールが無残にも傷つけられていたのです。
すぐにお店を再開することはできず、休業を余儀なくされます。しかし、内装の改修費用を考えると資金は到底足りません。妻にはオーナーだと内緒にしている手前、誰にも相談できず、Aさんは一人で頭を抱えるしかありませんでした。
退職金、年金、妻…すべてを失う地獄
Aさんが65歳から受け取る予定だった年金(年額)の内訳は、下記のとおりです。
〇Aさん自身の老齢厚生年金:約185万円
(※現役時代の平均給与:標準報酬月額41万円、加入期間38年で計算)
〇妻のための加給年金:約42万円
(※Aさんより7歳年下の妻が65歳になるまで支給)
合計(年額):227万円(月額換算 約19万円)
64歳のAさんは65歳になるまでのあいだ、「特別支給の老齢厚生年金」を受給していましたが、そのお金もお店の修繕費に消えていきました。
Aさんの追い詰められた様子を不審に思った妻が、草野球仲間の奥さんに尋ねたことで、ついに事実が明らかになります。夫が内緒で起業し、退職金を使い込んでいたこと。さらに貯蓄を切り崩し、年金にまで手をつけていたこと。すべてを知った妻は激怒し、Aさんに離婚届を叩きつけます。資金の目途も立たないAさんは、離婚に応じるしかありませんでした。
離婚により、妻が65歳になるまで受け取れるはずだった加給年金(年額約42万円)はなくなり、さらに年金分割によってAさん自身の年金も減額。日常生活を年金だけで賄うことすら、できなくなってしまったのです。
セカンドライフの「夢」を追った起業は、わずか11ヵ月で退職金、貯蓄、年金、そして妻との未来までも食い潰し、本当の地獄となって終わりました。
