
令和5年度の司法統計によると、家庭裁判所に申し立てられた相続に関する争い件数は13,872件でした。毎日のようにどこかで起きている相続トラブル、またその原因や内容はさまざまであり、「自分には関係ない」「自分は大丈夫」などということは決してありません。では、具体的にどのような相続トラブルが起きているのか、またその状況ではどのように立ち回ればいいのか、とある兄弟の事例をもとに弁護士が解説します。
平穏な日々に終わりを告げた「税務署からの電話」
埼玉県内に住むシズコさん(仮名/75歳)。
半年前に夫を亡くし、現在は実家で同居する独身の長男・カズヤさん(仮名/49歳)と二人で暮らしています。慎ましくも平穏な日々でした。
しかし、その日常は税務署からかかってきた「一本の電話」によって崩れ去ります。
シズコさんの夫は生前、大手メーカーの営業課長。晩年は認知症を患い施設に入所していました。
その夫が亡くなった際、シズコさんは、夫の遺産が「築40年の自宅」と「約150万円の貯金」だけであったため、「なんでこんなに少ないんだろう」と不思議に思っていたそうです。
ただ、息子が「俺が母さんの分まで稼ぐから大丈夫。心配いらない」と励ましてくれたおかげで、贅沢はできずともこれまでなんとか生活できていました。
そんな自分たちに、なぜわざわざ税務調査なんか……。
税務調査の理由が判明
困惑したシズコさんはその夜、リビングでテレビを見ていた長男に相談しました。
「税務署から電話があったの。お父さんの貯金、本当はもっとあったのかしら」
すると、カズヤさんは、顔を真っ青にしてうつむきました。
しばらくの沈黙の後、カズヤさんの口から漏れたのは、信じられない「告白」でした。
「母さん、ごめん。実は親父、部屋のクローゼットの奥に、タンス預金を隠してたんだ。親父が施設に入った後、親父の部屋を片づけていたときに見つけて……」
シズコさんは、頭の中が真っ白になりました。毎日顔を合わせ、父の介護を労い合っていた息子が、夫のタンス預金の存在を隠していたのです。
「あんた、そのお金はどうしたの!? まさか、全部あるんでしょうね!」
声を荒らげるシズコさんに対し、カズヤさんは泣きながら「最悪の事実」を告白しました。
「多分2,000万円以上は使ったと思う……。派手な買い物はしてないし、貢いだり騙されたりもしていないよ。でも、普段の生活費と、あとギャンブルにつぎ込んで……」
シズコさんは後日、カズヤさんが「親父のタンス預金を預けている」という口座を確認。5,000万円近い入金のあと、数年にわたって継続的に引き出されており、残高は3,000万円を切っていました。
シズコさんは現在、税務署への修正申告と、息子の「使い込み」をどう法的に処理すべきか、弁護士のもとへ相談に訪れています。カズヤさんとはその日の夜からまだ一言も話していないそうです。
息子の「使い込み」は取り返せる?
本件でまず注意すべきは、「タンス預金は税務署に把握されないから大丈夫」という考えが極めて危険であるという点です。
現金で保管されていたとしても相続財産である以上、申告義務は免れません。税務署は預金の動きや生活状況などから資産の存在を把握することも多く、結果として修正申告や加算税・延滞税の負担が生じるリスクが高いです。
また、長男による使い込みは法的には不当利得の問題となり、返還請求の対象となり得ます。ただし、本件のように将来的な母からの相続でも最終的な相続人が長男である場合、「親の財産を先に使った」という形で整理され、親子間での解決が図られるケースも考えられます。
もっとも、問題は金銭だけではありません。日常を共にしてきた家族の信頼が損なわれた影響は大きく、今後の生活において精神的な負担となる可能性があります。相続は財産の問題であると同時に、人間関係の問題でもあることを改めて意識すべき事案といえるでしょう。
山村暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士
